
不覚にも、途中眠ってしまいました。
まぁ、それが全てを表しているということかも知れません。
「サマータイムマシン・ブルース」を期待してしまうとダメなんですね。劇団ヨーロッパ企画と本広克行監督が初めてタッグを組んで作ったあの作品では、新しいものを創り出そうとする勢いも意気込みが感じられたのですが、今回はどうしても無難にまとめた感がありました。
ゆるい展開と舞台的なセリフ回しなどは「サマータイム・・・」と同じで、とても心地よいのですが、あまりにもゆるすぎて眠ってしまったという・・・。ところどころでピシッと引き締める要素がないものだから、何となくダラダラ展開してしまって、観客としては役者の演技を楽しむしかないわけです。ところが役者たちも、今回はもう一つキャラが立っていませんでした。大きなスクリーンを相手にするにはこじんまりしていたというか。むしろ、友情出演的に出てくる有名俳優たち?が目立ってしまって。(あのような使い方は邪魔なだけで効果的ではないと思います)
長澤まさみにも期待していたのですが、まぁ平均点でしたね。役柄的に彼女でなくても良かったように思います。でも、もし、上野樹里が演じていたらもっと面白くなっていたことは間違いないと思います。
でも、最近の長澤まさみの作品の中では、一番良かったのではないでしょうか。気楽に演じられていたみたいで。相変わらず顔の表情だけの演技でしたが。
期待が大きかっただけに、ちょっとガッカリです。
結局は物語に説得力がなかったということでしょうか。いったい何を描きたかったのか?メッセージも毒もなく(不十分で)、あんな風に上手にハッピーにまとめてしまっても、何にも心に残りません。次回はもっと驚かせて欲しいですね。とっても期待しているんだから。
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まず、この作品を作り、公開にこぎ着けたことに賛辞を贈りたいと思います。舞台挨拶で流した渡辺謙の涙の意味が、少しではありますが分かったように思います。その時代の強大な権力に対して闘いを挑むことも映画の使命のひとつであることは、議論の余地のないところであると思います。映画人は常に時代を読みとり、その矛盾を告発してきました。ただし、あくまでもエンターテイメントとしてのスタンスを見失うことなく。その辺りを気を付けないと、つまらない独り言になるのですが・・・。
この作品に関しては、まず原作がしっかりしていることである程度計算は出来たと思うのですが、あまりにもスケールが大きく、対する相手も巨大すぎるので、映画化することすら不可能であると言われてきたようですね。この作品を見れば、頷けます。途中何度か出てくる旅客機と飛行場のシーン。その安っぽさ。CGにしてもひどすぎます。最初は???でした。そして、はたと気づいて、納得。誰がこの映画に飛行場や飛行機を貸しますか!そして、わざとあんな風に安っぽくしたのですね。この作品の映画化を阻止しようとする無反省な輩を告発する意味で。繰り返し描かれるアフリカの大地との対比が見事です。私たちの生きているこの社会の、何と薄っぺらで弱々しいことか!!
しかし、ここで自らの飛行機を提供しておれば、今も何かと話題のJALも世間から少しは見直されたのになぁ・・・と、とても残念でした。それくらいの度量がなくっちゃ、現在の危機的な事態は打開できませんよ。
ドラマは多少はしょっているとは思いますが、十分に鑑賞に堪えます。娯楽作品としても面白く、時代を告発するという社会的な役割も果たせていたと思いました。私のような者にしてみれば、このようなかたちで時代を切り取って示してくれるのはとてもありがたいものです。出来れば多くの人に見てもらいたいですね。そして、語り合うきっかけになれば素敵だと思います。私も仲間を集めたいと思います。
たくさん登場する出演陣も、渡辺謙は当然ですが、三浦友和も秀逸でした。いい役者だなぁと思いました。その他、いろんな役者たちも自分の持ち場でしっかりと役割を果たし、それがこの映画全体を引き締めていたのだと思います。決してオールスターキャストの顔見世興行ではありません。その辺りがTVドラマの映画版とは一線を画しており、堂々たる映画になっていたと思います。
途中10分の休憩を挟んで(これは意外にも全く気になりませんでした)の3時間半にも及ぶ大作ですが、ベテランの方たちが沢山足を運んでおられ、見応え充分の物語に納得して帰られていたように思います。「おくりびと」の時にも感じたことですが、やはり、古きよき時代の映画を知っている世代の方たちは、良い映画には労を惜しみませんね。
誰かのレビューにもあったと思いますが、迷っている方にはとりあえず観て欲しいと思います。そして、そこで感じたことを語り合って欲しいと思います。そうすると、時代はまた、少し変わるのではないかと思うのです。
映画は時代とともにあり、新しい時代を作っていく。
そんな思いを、この映画からは感じ取れました。
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ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
故郷をどのような思いで振り返ることができるか
それは、その人の人生をはかるひとつの尺度になり得るかもしれません。
この物語に登場する3人の少女。
それぞれの状況の中で、それぞれの思いを持って、四国の田舎町で大人になっていきます。彼女たちの境遇は決して恵まれているとは言えません。社会の矛盾が凝縮されたような形で人々の暮らしに影を落としているように思います。そんな中で、どうすれば幸せになれるのか・・・彼女たちなりに考えているようです。
厳しい状況を積極的に受け入れ、その社会に自分を適合させようとする生き方。
現状を否定し、”ここではないどこか”での幸せを求める生き方。
少女たちの選択は、三者三様です。
町を出て都会を目指す子。この町での生活の安定を手に入れようと努力する子。そして、無軌道な生活に自分を見失う子。
その選択を誰も責めることはできないと思います。そうせざるを得ない厳しい現実が、彼女たちの背後にはずっとあるのだから。
結局、幸せは何処にあるのでしょうか?
少女時代を描いた場面では、何度も胸を締めつけられるように思いました。明るくけなげな姿の中に見える悲しみや怒り。楽しい場面でも、何故か切なくなってしまいます。
一方、深津絵里が登場する現実の場面になると、やや焦点がぼやけてしまいます。もう少し彼女の人物像が丁寧に描かれていれば、もっと深い部分で感動できたのではないかと残念です。※深津絵里の演技は相変わらず素晴らしいのですが。
気楽な気持ちで見始めたのですが、いつの間にかじんわりと重いメッセージが伝わり、私の心の奥深いところに小さなひっかき傷を作ってくれました。この傷は、しばらくはヒリヒリと痛むことと思います。
私にとっての故郷は・・・。
いい映画だと思います。
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これぞ映画!といった作品ですね。とにかく映像が圧倒的に素晴らしい。澄み切った画面に美しい色がちりばめられ、万華鏡を見ているような面白さがあります。世界遺産なども舞台にしたロケーションで、CGに頼ることなく本物で勝負したことが、この映画の最大の魅力だと思います。今回は残念ながらDVDでの鑑賞だったのですが、大スクリーンで見ると数倍楽しめたのではないかと思いました。
音楽もいいですね。観客の感情を巧みにコントロールして、映画全体を盛り上げています。ベートーベンですか。映像にピッタリでした。
そして、衣装。この映画のもう一つの主役とも言えるのではないでしょうか。次々に現れる個性的な人物を、見事に演出していました。この映画、衣装が平凡だと成立しなかったでしょうね。石岡瑛子の仕事ですか。素晴らしいの一言です。
ターセム監督の作品は初めて見るのですが、映像で勝負したい監督なのでしょうか。であるとするならば、この映画はそれなりに成功していると思います。近年、これほどまでに美しい映像の作品を、私はあまり知りません。だからとても楽しめたし、映像に酔うこともできました。
しかし、映画として総合的に考えたときに、物語が平凡だったように思います。鑑賞中、映像と音楽という部分での映画的な興奮を覚えつつ、何となく物足りなさを感じていたのは、物語が面白くないんですよね。どこかで見たことがあるような・・・。どの登場人物にも感情移入できないので、これでは観た後に何にも残りません。これだけの演出力がある監督なんだから、台本さえもっと良ければと、とても残念でした。
映画好きなら、観て後悔しないとは思いますが、一言言いたくなる作品でしょうね。私は、大きなスクリーンでもう一度観たいと思いました。
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様々なラストシーンを想像しながら観ていました。
そして、・・・。
こうとしか終わりようがないんですね。
そこに、この地の過去・現在・未来の全てが凝縮されているように思いました。
国家、宗教、伝統、しきたり・・・あらゆる境界線に翻弄される ”シリアの花嫁”。
父、母、兄弟、姉妹、家族、親戚、長老、警察、軍、国連・・・。みんな、何を守ろうとしているのか。どうしてこんなことになったのか。簡単にどうにかなるなんてものじゃない複雑な背景があることは百も承知で観たのですが、”結婚”に右往左往している人々の姿はあまりにも滑稽で悲しいものでした。素顔はみんな一人一人ありきたりでちっぽけな人間なのに・・・。
いつまでこんなことを続けるの?
それぞれの境界線を超えていく姉妹の姿は、私たちに大きな宿題を突きつけているように思えました。
その答えは、境界線の向こう側にあるのでしょうか・・・。
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大好きだと言える映画がまた一つ増えました。観ている間の心地よさ、見終えたときの幸福感。熊澤監督の作品は、私の波長にピッタリと合うような気がしていましたが、この作品でも改めて相性の良さが確認された次第です。(笑)手に汗握る派手なアクションも、涙をそそるエピソードも、人生観を揺るがすほどの大きな感動もありません。観る者すべてを唸らせる迫真の演技なんてものもありませんが、何とも気持ちの良い映画です。
「ニライカナイからの手紙」「虹の女神」で蒼井優や上野樹里、市原隼人の個性を上手に引き出してきた熊澤監督ですが、今回も岡田准一と麻生久美子の魅力を、見事に引き出していました。いいですよねぇ、この二人。岡田准一は「花よりもなほ」で、麻生久美子は「夕凪の街、桜の国」で、それぞれ大ファンになりましたが、今回の二人も期待通りの役者ぶりでした。
それと谷村美月。これまで、実力の割にというか、実力があるだけに無理な企画が続いて作品に恵まれていなかったように思うのですが、今回の役はピッタリはまっていましたね。生き生きしていました。市川実日子なども含めてキャスティングがバッチリでした。
現実はこんなに・・・なんて、白けてしまう方もおいでかと思いますが、どこかにあって欲しいじゃないですか、こんな素敵な恋物語が。私は憧れているんですよねぇ、こんな出会い・・・。(笑)今さらですが。
時に泣いたり笑ったりしながらも、日々の出来事は本当に些細なことの連続です。でも、振り返ってみると、どこかの瞬間に人生が少し動いていることに気づくものです。そうして、今がある。運命に導かれるように。
二人の人生も、結局あのようになることが決まっていたようにも思えます。その日のために、全てがあったようにも。お互い、それまでの人生がなければあの出会いは考えられなかったでしょうし。
まぁ、あまり面倒くさく考える必要はありませんね。いいじゃないですか、こんな恋物語。私は、素直に羨ましがりながら、こころから楽しめました。
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愛する夫との別離。かつてのようには心を通い合わせなくなった息子。そして、その妻。仲の良い友たちもそれぞれに歳をとり、どこか疲れています。スイスの小さな村の日常は平和で平凡で、80歳になるマルタの人生も、そんな日々の中で静かにその終焉の時をむかえつつあるのでした。歳をとることは素晴らしいことだと思います。マルタの人生も、夫に寄せる想いから察するに愛に満ちた素晴らしいものだったのではないでしょうか。でも、長生きをするということは、家族や友など、多くの別れを経験することとも言えます。
そして、それはまたそれまで手にしてきたものを一つ一つ失っていくということとも言えるように思います。健康、美しさ、たくましさ、自信、誇り、自分の居場所、希望、夢・・・。それらは失うというよりも奪われる、むしり取られるといった方がピッタリかもしれません。
人生は美しく、また残酷です。
人生の一部であり全てでもあったであろう夫の死によって、マルタもまた多くのものを奪い取られてしまいます。後は、残された時間をただ重ねていくばかり。映画冒頭の消え入りそうなマルタの姿はとても哀しく、痛々しくて見ていられません。
そんな時、マルタの人生が再び輝き始める出来事が起こります。しかし、マルタの行動は保守的な村では決して歓迎されないことでした。マルタの、人生をかけた闘いが始まります。
老いるということ、生きていくということ、そして、生きていくために大切なこと。
「それでも人生は素晴らしい。」と、マルタの笑顔が教えてくれたように思います。
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男はどうしてこの女をここまで一途に愛したのだろうか?女はどうしてこの男の愛にここまで一途に応えたのだろうか?
肝心な部分が描かれないままに、何となく可笑しくて哀しい愛の物語が展開されていく・・・。それはそれでそれなりに面白いわけなんだけれども、これでは名作にはなりませんね。
原作は織田作之助の小説。
大阪を舞台にして、名もなき庶民の人情が描きたかったのかなぁ・・・。それならそこそこ成功していると思います。なかなかいい感じです。
面白かったのが、何故か異国の香りが漂う映像。何処なんだろうここ?と思いながら観ていました。これもいい感じです。
でも、やっぱり肝心のドラマの部分が弱いんですよねぇ。最後は少しほろりとさせられましたが。
主演の二人は好演していました。でも、最初の疑問がずっとつきまとって感情移入がしづらかったかな。残念!それと、佐藤浩市と赤井英和がちょっと濃すぎたかも。
嫌いじゃないけど、ちょっと物足りない。そんな感じの映画でした。
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脚本家で俳優であるサタケミキオこと宅間孝行の監督作品。脚本家として「花より男子」などの作品で観客を楽しませてきた彼ですが、本当はこんな映画が好きなんだ!という気持ちがひしひしと伝わってくる、とても初々しい作品でした。役者達は、みんな監督の仲間たちなんでしょうねぇ。思わぬ所に意外な人が登場したりして、そんなところも楽しめます。
物語は、よくもと思うほどベタベタの展開(笑)。今時こんなお話がよく企画を通ったと・・・(笑)。でも、だからこそ愛すべき作品になったとも言えるのですが。
つまり、これは脚本家として実績を上げてきたサタケミキオだからこそ許された、半ば自主制作映画的な、そして、とっても私的な映画なんだろうなと思います。
いいなぁ、こんな風に「好きに撮ってもいいよ。」といった感じで映画が作れるなんて。
内容については、頭の先からしっぽの先までびっちりあんこの詰まった鯛焼きのようにサービス満点、決して飽きさせない物語です。でも、それが問題ですね。あまりにも頭の中でいい話を作りすぎたからか、何か最初の30分ほどでみんな分かってしまう・・・。どんでん返しの結末までお見通しといった感じで。
それでもいいと思うんです。「男はつらいよ」なんて、結末は分かっていながらみんなそこに至る過程を楽しんでいるんだから。でも、それを許せるかどうかなんですよね。それを許せる観客には、結構楽しめる面白い作品になっていました。
もうひとつの問題は、監督が主役もしてしまったことではないでしょうか。自分の作品ですから、もう思い入れタップリで。どうしても他の役者達とのバランスが崩れているように思えました。もし、(もう少し上手な)他の役者が主役をしていたら、もっと面白くなっていたと思います。誰がピッタリかなぁ・・・。
でも、高校時代のシーンはとても良かったです。このキャストで、高校時代の物語を一本撮って欲しいなぁと思いました。
どこか懐かしくて可笑しくて切なくて、安心して観ていられるこんな映画が、私は大好きです。ハリウッド映画好きにはお薦めできませんが、こんな作品をみんなで大切にしていきたいですね。
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この映画を観て改めて思うことは、映画は脚本でほぼその善し悪しが決まるんだな・・・ということです。シリーズ4作目というのは、興行的な成功はある程度約束されているように思いますが、作品的な成功という観点からは非常に厳しい十字架を背負っているなと思います。シリーズものの大半が3作目以降急激に失速している例(「ロッキー」「ゴッドファーザー」「ランボー」「ビバリーヒルズ・コップ」等)からすると、この事は映画における常識であると言えるのではないでしょうか。
ただ、もっと息の長いシリーズとなると話は別です。我が国の「男はつらいよ」シリーズや「007」等は、基本的な約束事はきっちりと守りつつ、シリーズの中で”マイナー・チェンジ”を繰り返しながら人々を楽しませてきました。こうした作品の場合は、マンネリ・ワンパターンは織り込み済みで、むしろそれを楽しむという観客の鑑賞姿勢に支えられているとすらいうことができると思います。
では、「ターミネーター」はどうなのか?
どうも、後者の路線を歩もうとしているような・・・。でも、それってどうなんでしょう。1作目から4作目まで、未来と現在を行ったり来たりで、もうそろそろこのパターンにも限界があるのではないでしょうか。だから、今回の展開もなんとも分かりにくい。無理矢理こねくり回しているような気がしてなりませんでした。はたして、こんな調子で5作目は作れるのでしょうか?
これまで幾度となくTVや映画で描かれてきた「バットマン」が、「ダークナイト」で見事に生き返りました。過去最高の出来映えといって過言ではないでしょう。ヒース・レジャーの神懸かり的な演技があったからともいえますが、物語が本当にしっかり出来ていたとも思います。ゴッサム・シティーを見事に描ききったと評価できると思います。また、「007」も「カジノ・ロワイヤル」で新たな可能性を見出しました。これもまた、脚本が素晴らしかったと思います。
現在作られている映画(特にハリウッド映画)は、撮影技術の面では飛躍的に進化していると思います。もはや、映像化不可能な・・・なんて表現は死語になるのではないかと思うほどです。「ターミネーター4」の映像も素晴らしかった。見事です。でも、なんの驚きも興奮もない。「へぇ〜。」てなくらいです。むしろ、すごい映像を見せつけられるたびに、どんどん冷めていってしまうように思います。こうした派手な演出はすぐに慣れるし、麻痺するんですね。そして、やがて邪魔になる。物語を味わうときに、過剰な演技や演出は本当に邪魔以外の何物でもないわけです。
今、1970年代のSF映画を観ると(「スターウォーズ」や「2001年宇宙の旅」でさえ)、本当に安っぽく見えます。でも、何度観ても面白い。当時も最先端の技術でもって撮影されたとは思います(あの頃我々はその映像に驚愕したものです)が、まだまだ技術的な限界があったために程良く描かれていた・・・。それよりも、やはり物語づくりが一番大切で、技術の見本市ではなかったのです。
つまり、描きたい世界を描くための技術であって、技術を見せたいが為の映画ではなかったということです。
「ターミネーター」も、第1作は物語の部分が素晴らしかったと思います。T-800の非日常性とサラの日常性との対比が素晴らしく、サラが追いつめられていく展開にハラハラドキドキしたものです。また、当時、ブレイクし切れていなかったアーノルド・シュワルツェネッガーの魅力を見事に引き出したキャラクター設定であったと思います。
「ターミネーター2」は、物語に広がりも奥行きも生まれ、興奮度も倍増しました。これは、第1作の成功によって資金にも時間にも余裕があり、何よりシュワルツェネッガーも監督・スタッフも乗りに乗って作った感じが伝わってきました。これと同じようなことは「ロッキー2」や「ランボー2」の時にも感じたものです。
「ターミネーター3」は、シュワルツェネッガーの出演料に全てを吸い取られたのでしょうか(笑)、もう、ボロボロでしたね。とりあえず作ったけど・・・みたいな。
そして、「ターミネーター4」。これで止めるのかな?それとも長寿映画になるのかな?いずれにしても、私にとっての「ターミネーター」は打ち止めですね。もう、このシリーズに求めるものは何もないと思います。
※ただ、「ダークナイト」の例もあるからなぁ・・・(笑)。
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マイケル・ジャクソンが死にました。享年50(歳)。早すぎる死とともにあまりにも寂しい最期に、悲しいという言葉では表現しきれない複雑な思いがこみ上げてきました。マイケルの生涯はいったい何だったのか。最高の成功を収め、富も名声も手に入れたとき、一人の人間として彼が求めたものは・・・。黒人のミュージシャンとしてこれほどまでの成功を収めた人を私は知りません。他のジャンルに目を向けても、同様のことが言えるのではないかと思います。それ程、彼の存在は特別でした。彼の音楽は人種も宗教も時代さえも超越しているように感じられました。マイケルが歌い踊るとき、世界は一つになれるかも・・・、それが彼の音楽でした。
しかし、彼は黒人であることを自ら否定しました。どんどんと脱色されていく肌。とがった鼻。ふたつに割れた顎・・・。全てを手に入れたとき、彼が求めたことが白人になることだったとは。そんな彼を世界中の人たちはどう見ていたでしょうか。特に、同じ肌の色を持つ人たちは。私は吐き気がしました。彼の音楽は永遠ですが、彼のこの愚行は、どうしても受け入れられるものではなかった。
マイケルの死にあたって思うことは、彼もこの時代の犠牲者であったということです。黒人であることが今の世の中のような価値観で捉えられるものでなかったとしたら、このような彼の死はなかったはずです。もっともっと素晴らしい音楽が生まれ、彼とともに私たちはもっと幸せになれたかもしれない。そう考えると、残念でなりません。
マイケルの死の翌日、この映画を見ました。
ハーヴィー・ミルク。享年48(歳)。1970年代のアメリカにおいて、同性愛者であることを告白し、初めて公職に就いた男。同性愛者ばかりではなく、有色人種、労働者、高齢者など社会の底辺にあるマイノリティーのために立ち上がり、時代を切り拓いた男。
私は、ハーヴィー・ミルクのことを、その名前すら知りませんでした。ラジオから流れてきた「ベンのテーマ」を聞いてマイケルを知り、映画に目覚め、アメリカに憧れていたあの頃、彼はマイノリティのために闘い、人々に希望を与え、社会を変革し、凶弾に倒れていたのでした。サンフランシスコで行われるゲイの行進を報じるニュースを面白可笑しく見ていた記憶はあるのですが、その中心に彼がいたことなど知る由もなく・・・。
キング牧師のことは知っていました。でも、ミルクのことは知らなかった。この違いは何か。ここで、それを論じることはおいておきましょう、ただ、2人の残した功績に、それ程の違いがあると私は思いません。ともにマイノリティーの人権確立に生涯を捧げたのです。
ここで、気をつけたいことは、キング牧師やミルクが私たちの社会に新しい光を与えたのが、ともに私が生まれて以降のことであるということです。つまり、この50年の間に、人類はその長い歴史で犯してきた間違いに気づき、新たな歴史を作ってきたわけです。50年前に、誰が今のような社会を想像できたか。そして、そんな時代を私たちは生きている。この事を忘れてはいけません。私たちが享受している自由も人権も、彼ら先人の命をかけた闘いがあったからなのです。そしてもうひとつ忘れてはならないことは、まだまだ十分ではないということと、世界には光が当てられていない闇がたくさんあるということです。そこに光を誰が当てるのか。当て続けるのか。我々に残された大きな宿題です。
私が人類に絶望しない理由。
それは、我々は確実に進歩しているということです。人類の歴史は、人権確立の歴史であると思います。その過程で流された血と涙。様々な犠牲の上に私たちの人権は成り立っているのです。人権は与えられるものではなく自ら獲得するものである。希望を捨てない者にこそ、それは許される・・・。キング牧師やミルク、その他数々の先人たちがそのことを教えてくれています。
マイケルが手にしようとしていたものは何か。「We Are The World」で、彼が全世界に発信したメッセージを思うとき、彼もまたミルクたちと並び称せられる偉大な人物であると思います。それだけに、彼の寂しい死は許せない何かを感じます。何かが狂ってしまったとしか、言いようがありません。
マイケル、50歳。ミルク、48歳。
2人の生涯を我が身と重ね合わせたとき、我が人生とは・・・と、考えずに入られません。もう一度、自分の生きる意味について、少しばかり考えてみたいと思います。そんな気持ちを思い出させてくれたこの「ミルク」という映画は、私にとってとても重要な作品となりました。
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とうとう観てしまいました。少年時代に初めて観たときの強烈な体験は、40年近くの歳月を経て純化され、増幅し、もはや私自身の一部として血となり肉と化したかのような気もします。この映画こそが、我が恋愛の原体験として、その後の恋愛観に最も影響を与えた作品かもしれません。理想の女性像にしても、どこかにアニセ・アルビナの面影を追ってきたような・・・。そんな人、私の他にもいるのではないでしょうか?同世代の人なら、絶対にいると思います。「いやいや、トレシー・ハイドでしょ。」「絶対オリビア・ハッセーだ。」と言う人と同じくらいに(笑)。
あの頃「小さな恋のメロディー」が大ヒットした記憶があります。大人社会に抵抗する子どもたちの可愛らしい奮闘ぶり。ビージーズが歌った「メロディーフェア」の美しい調べとトレシー・ハイドの愛らしさ。マーク・レスターの絵に描いたような美少年ぶりとジャック・ワイルドの悪ガキぶりが、当時の日本の少年少女の心を鷲掴みにしたものです。でも、私にはつまらなかった・・・。トレシー・ハイドも好みじゃなかったし(笑)。(この映画、英国と米国ではヒットしなかったようです。)
同じ年に公開されたのが、「フレンズ〜ポールとミシェル〜」。14歳の少女と15歳の少年の恋愛と出産というショッキングな内容は、先の「小さな恋のメロディー」とは違って家族と一緒に観ることは出来ない、当時の少年たちにとっては少しばかり罪の意識を感じさせるものでした。(当時はみんな純情だったんです。)
しかし、主演のアニセ・アルビナの圧倒的な魅力と美しい映像、エルトン・ジョンのテーマ曲。そして、可愛らしくも純粋でひたむきな2人の愛の物語に世界中の人々が共感し、こちらは世界的な大ヒットをしています。それは、少年少女の恋愛(性)は古今東西における普遍的なテーマであるにもかかわらずまだまだタブー視されていた時代にあって、それを真っ正面から描ききったからである思うのです。私は、密かに、そして熱狂的にそれを歓迎したのでした。(笑)
ところが、この作品はその後長く闇に葬られてしまいます。つまらない作品がどんどんDVD化されていく中で、まるで忘れ去られたかのようにビデオでさえ手に入らなくなっていました。内容が問題なのか・・・。いや、問題となるような作品ではないはずだ・・・。一部の支持者(私も含めて)がネットの各所でその現状を憂い、DVD化を訴えること数年、ついに昨年の春にDVDが発売されます。この時の喜び!興奮!(笑)同じ思いを抱いた人々が全国にどれ程いたことか。
DVDを手にして1年。いつ観ようかとずっと思いながら、その時を先延ばししてきました。理由は?・・・あまりにも自分の中で膨らみすぎた思いが、却ってブレーキをかけていたのでしょうか。ガッカリするのが怖かったんでしょうね。
そして、・・・。
やっぱり、素晴らしかった。
この映画は、私の核心的な部分の重要な一部となっていたことを、改めて確信しました。「フレンズ」との出会いがなければ、私の人生は違ったものになっていたかもしれない、いや、なっていたと思います。映画の力はすごいですね。
現代の若者が観て、私(たち)と同じような思いを抱くことはないと思います。でも、あの時代にこの作品が作られたことは、映画史上とても重要な出来事であったことは疑う余地もありません。このような作品を考えるとき、「映画とは時代とは切り離せないものである」とつくづく思います。
自分の人生を創ってくれた映画。そんな映画との再会は嬉しいものです。これからも、この映画を大切にしたいと思います。
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潜水艦を題材にした映画には「眼下の敵」という名作がありますが、どうもあの作品を意識して作られたようですね。でも、それにしては少し甘いかなぁ・・・。それなりに”おもしろく”は作られているのですが・・・。艦長同士が繰り広げる知恵比べの攻防もやや緊張感に欠けるし、玉木宏が演じているイ−77の艦長・倉本孝行の描き方も表面的で、なぜあのような作戦をとり命令を下したのか(特に「回天」に対する下り)ということの説得力に欠けるように思えました。その辺りが非常に残念です。これは米海軍駆逐艦パーシバルの艦長マイク・スチュワートについても同様で、設定では、米海軍きっての歴戦の勇士であり、日本軍の人間魚雷「回天」の攻撃で弟を失くしたことで、さらなる闘志を漲らせていた・・・ということですが、そこらが全く伝わってこないので、どうして命令を無視してまでイ−77にこだわるのかということが理解できません。
だから、2人が死闘を通してある種の尊敬の念を敵将に対して抱く・・・といった展開に納得できないし(そのように描いていないかもしれないが)、感動のしどころを見失ってしまうわけです。誰にも感情移入出来ないんですよね。
日本の戦争映画の場合どうして”恋物語”(もしくは”家族”)が添えられるのでしょうか。登場人物の背景を描くためなのかもしれませんが、それにしてはあまりにも安易な方法で、ほとんどの戦争映画の場合に失敗の原因になっているように思います。これが、戦争を時代背景とした恋愛映画だというのなら納得もできますが、泣かせるための演出であったり、客を集めるための手段であったり・・・と、ドラマの本筋とは関係ない”添え物”なんですよね。結局。日常を描くことで非日常である”戦争”というものを際立たせたいという意図があるのであれば、「ジョニーは戦場へ行った」とか「ディア・ハンター」くらいの覚悟を持って描いて欲しいと思います。
今回も、「あぁ、またやってくれたなぁ・・・。」とちょっとしらけてしまいました。「出口のない海」を観たときも全く同じ感想を持ったものです。
ラストをあのように描いたことで、あぁ、これは”お伽噺”だったんだなぁと思いました。また、現代の日本においては、このような戦争映画が受けるのかなぁとも。苦しくないし傷つかないしカッコいいし、スカッとするし・・・。でも、この映画を観た後に「夕凪の街 桜の国」をもし観たならば、戦争を描くこととはどういうことなのかということを深く考えずにいられなくなると思います。
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日本映画が得意とするジャンルに”人情喜劇”なるものがあったと思います。「男はつらいよ」シリーズなどがその代表格でしょうけど、市井の名もなき人たちの日常を涙と笑いで綴ってくれた名作を、映画やドラマ、そして舞台でもたくさん思い出します。私たちは、そうした作品から教科書では決して教えてくれない人としての大切なことを学んできました。
「純喫茶磯辺」
”何もすることのない日曜の午後の暇つぶしにピッタリな作品”というぐらいの認識で見始めたのですが、これが意外にもとっても上質の”人情喜劇”に仕上がっていました。ビックリです。
ダメな親父としっかり者の娘。母は家を出て新しい家庭を・・・。ぐうたらな親父はどこか現実離れしていて夢見がち。死んだ父親の遺産でもって・・・。かつての松竹新喜劇なんかを連想させる筋立てに、宮迫博之、仲里依紗、麻生久美子、濱田マリ等の絶妙の配役で、気持ちよく笑いちょっぴりしんみりさせてくれます。見終えた後の爽快感は、「こうでなくっちゃ!」と拍手したいほどでした。
決して大作ではありません。何かのメッセージを持った問題作でもありません。観たからといって何がどう変わるといったものは皆無だと思います。でも、こんな映画がある日常というのは、とても素晴らしいと思います。私たちを育ててくれたのは、こんな可愛らしい映画だったような気もするのです。
とってもいいですよ。是非見て下さい。じんせいが、ちょっぴり楽しくなること請け合いです。
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この映画は、満員の客席でたくさんの人たちと一緒に観るといいですね。一人で見る作品じゃないと思います。スクリーンから伝わってくる真っ直ぐなメッセージを真正面からしっかりと受け止めるためには、私たちもそれなりの構えがいるのではないかと思うのです。つっこみ所一杯ですね(笑)。でも、この作品に限って言えば、そんなこと無意味に思えます。小細工していない相手にあれこれ言うよりも、作品に込められた思いがどれ程のものか・・・、それだけで十分です。
私は十分に楽しめました。笑いました。手に汗握りました。涙があふれてきました。そして、とても嬉しくなりました。
私は”青春ドラマ”が大好きです。「3年B組金八先生」より前の”青春ドラマ”大好きです。中でも、仲間と共に汗を流すことの尊さを、夢に向かってがむしゃらになることの素晴らしさを単純に教えてくれる”スポ魂”ものが大好きです。先生が説教するのではなく、生徒たちとともに笑い泣き成長する姿に心を打たれます。そんな、真っ直ぐな”青春ドラマ”の復活を、長い間心待ちにしていました。
このドラマが放映された時、他のドラマとは違う何かを感じました。爆発寸前のマグマのような、何かとてつもないエネルギーが伝わってきたのです。出演者一人一人が発する、他とは違った気配の正体が、その時には分からなかったのですが、この作品に寄せる絶対的な愛情だったのかと今になって思います。そして、そうした思いが一つになって、映画としてついに爆発したんですね。
出演者たちがいいです。この作品を、自分自身の役を心から愛していることが伝わってきます。だから、どのカットを観ても嬉しくなるんでしょうね。
演出は、無駄なところはカットして、ここぞという場面は思い入れたっぷりにといった感じでしょうか。こうしたところに異論も出てくるでしょうが、私には心地よかったです。何度か挿入された上空からのカットがとても効果的でした。
所詮TVドラマと侮る事なかれ。満員の客席の3割ほどは、少年少女たちでした。彼らが映画館に足を運び、共に笑い泣き感動した経験は、きっとこれからの世の中を変える某かの力になるのです。かつて私が「レッツ・ビギン!とにかく何かを始めよう」とか、「涙は心の汗だ」といった言葉に励まされたように、「夢にときめけ、明日にきらめけ」が彼ら未来を創っていくのかもしれません。
この映画はみんなで観て欲しいですね。そうすることで何倍も楽しめる作品です。映画館で映画を観るということは、そういう意味があるということもこの作品が教えてくれました。
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面白かったです。よく練られた脚本に、個性豊かな役者達。しっぽの先まであんこの詰まった鯛焼きのように、最後の最後まで楽しませてくれます。「アフタースクール」程ではないけれど、どんでん返しの面白さもタップリ味あわせてくれました。でも、突き抜けていないなぁ・・・。
傑作になる要素を持った作品はたくさんあるけれど、本当の傑作になるのはほんの一部なわけで、それにはスカッと突き抜けているかどうかが重要なポイントになると思うのです。
無駄がない。無理がない。そして不足がない。全てのものが最初からそこにあることが決められていたように、ピッタリとはまっている。これが、名作と呼ばれている作品全てに共通している一つの条件だと思います。
ということで、この作品は残念ながら傑作にはなれなかったと思います。まだまだ無駄と無理と不足がある・・・。それは、成海璃子を主役に据えたことから生じた無理だったのかもしれませんし、監督好みの役者達をずらっと並べたことから生じた無駄だったかもしれません。そして、作品全体をキリッと引き締める何かが足りなかったかも。
とはいえ、成海璃子は久しぶりに良かったと思います。「あしたの私の作り方」の時は、いったいどんな女優に成長するのかと大いに期待したものですが、TV「ハチミツとクローバー」で間違った路線に変更してdocomoのあのCMですから。ここ最近は全く輝きを失っていたように思います。それに、ドンドン立派な身体に成長してしまって・・・松坂慶子になるのかと(笑)。この作品でも、やっぱり不安定な部分が見受けられましたが、コメディエンヌとしての可能性も発見できたところもあって、これからがまた楽しみになってきました。もう、フワフワしたキャラは捨てた方がいいですね。そのためには先ずあの髪の毛をどうにかしましょう。そして、ちょっとシェィプアップ!
最後に一言。不覚にも作品半ばで居眠りをしてしまいました・・・。それが私の体調のせいなのか作品の出来によるものなのか。それは観た方にご判断いただきましょう。
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私が物心ついた頃に、クリント・イーストウッドはすでに銀幕の大スターであり、(ちょっとダーティーな)ヒーローでした。「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」等のマカロニ・ウエスタン。「ダーティーハリー」シリーズ。私が映画に夢中になり始めた頃の作品「ガントレット」。その後、監督としての評価を高めていった「ミスティック・リバー」「ミリオンダラー・ベイビー」等の数々の名作。最近では、やはり「硫黄島からの手紙」が印象深いですね。TVのロードショー番組で山田康雄さん(イーストウッドの声優はこの人!)の声で観ていた少年時代から現在に至るまで、これほどまでに長く、世界中の人たちを楽しませ尊敬されている役者は、現役では彼をおいていないのではないでしょうか。彼こそ生きる伝説であり、永遠のヒーローだと思います。そんなイーストウッドの新作が、これまでの彼自身の作品の中で最高の興収と評価を得ているというのだからすごいですね。これが俳優としての引退作だという話もありますが、この映画を見る限り、まだまだ、現役です。もっともっと役者としてのイーストウッドが観たいと思いました。
物語は、朝鮮戦争に従軍し、退役後は自動車工として働き、2人の子供を育て、妻に先立たれた頑固で偏狭な男と、隣りに引っ越してきたモン族(ラオス)の家族との出会いと別れということになるのでしょうか。
アメリカの中西部の街では、いろんなルーツを持つ白人・黒人・ヒスパニック・アジア系といったあらゆる人種の人たちが、それぞれのテリトリーを守りつつ対立しながら暮らしています。アメリカの現実なのかもしれませんが、偏見に充ちた差別的な空気が充満していて、これでは銃を持たずには生きていけないのかなぁ・・・と考えてしまいました。
イーストウッド演じるコワルスキーもポーランド系の白人であり、有色人種に対する偏見に充ちた頑固な爺さんといった感じです。さらには、偏狭な性格から息子たち家族からも疎んじられ、妻亡きあとビールと愛犬しか愛せない孤独な老人です。ただ、やたら強い。若くはありませんから腕力で・・・というのではなく、自己の正義感に対する絶対的な信念というか、とにかくブレません。そこが嫌われるところでもあり、最大の魅力でもあるわけですが。
コワルスキーの言葉はとても辛辣です。そして、とても差別的です。この年代のアメリカ人(白人)の一般的な姿なのでしょうか、一点の曇りもなくモン族の人たちを馬鹿にしています。虫けらを見るが如くにです。あまりに堂々としたその姿に、腹も立ちませんでした。(笑)
でも、腹が立たなかったのはやはり理由があったのです。それは、アジア系の人たちなどマイノリティーに対して注ぐ、監督イーストウッドの眼差しが、あくまで優しいのです。コワルスキーがモン族の姉弟との交流を通して変容していく様は、”我々は間違っていたのではないか・・・”という、同世代の白人に対するメッセージのようにも見て取れました。イーストウッド監督の弱者に対する眼差しは、とても優しい。これこそが、彼の信念なのでしょうね。
そして、ラスト。
いいですねぇ。ジワーッと涙があふれてきました。
本当の強さとは何か。本当の優しさとは・・・。真のヒーローを演じ、描き続けてきたクリント・イーストウッドが、彼の映画人生で辿り着いた結論がこれなのかと思いました。
そうですよね。この結末しか、考えられません。
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多くの人が指摘しているとおり、いわゆる映画として不完全な部分がたくさんあると思います。たとえば、手ブレがひどくて見づらい画面。そして全体的に少し暗すぎましたね。所々で???となる、ぶつ切りのような編集。など・・・。でも、そうしたことを差し引いてもあまりあるほどの魅力に充ちた作品だと思いました。それはやはり、主演2人の素晴らしい演技・・・じゃなくて(あれは演技とは言えないんじゃないか)存在感だと思います。
大学受験を控えた高校3年生の冬。逃げ出したいようなプレッシャーと孤独感。クラスメイトとも、これまでにない距離を感じたり、だからこそ人恋しくて密かに誰かを支えにしたり・・・。そんな時に告白。そんな時なのに告白。いや、そんな時だからこその告白。
そして、もう一つのテーマは、地方と都会。大学進学は、地方の高校生にとっては、人生の大きな転換点になるわけです。都会から地方へという流れもあるだろうけど、地方から都会への若者の流れの方が圧倒的に多いわけで、地方で生まれたものにとっての高校卒業は、故郷を後にする一大転換期なのです。
故郷に残るか、旅立つか・・・。それぞれに大きな決断をするわけで、そこには自ずとさまざまな別れがつきものなんですね。ちなみに私は故郷に残り、私の友人たちのほとんどは、大きな夢を抱いて都会へと旅立っていきました。あの時のことを思い出すと、今も胸が苦しくなります。
取り残される・・・・。
北乃きいが演じた女の子が「東京へ行って欲しくないです。」と言ったとき、”なんてわがままがことを・・・”と感じた人も多いと思うのですが、田舎に取り残されるのは、それはそれは切ないことなんですよね。「木綿のハンカチーフ」なんですよ。(笑)
何が描きたかったのかよく分からないという指摘があります。物語としては本当に言葉足らずですね。でも、高校生活を終えるあの頃の気分を見事にすくいとっているように思います。画面の手ブレも暗さも、ぶつ切り編集でさえも、そうした不安定な時代の感情を描くためには一つの手法でもあるのかな・・・なんて納得したりもして。
脚本家として物語作りのプロが、あえてこのように物語性を排除したかのような作品を作ったということは、これまでのようなドラマ作りでは描くことの出来ない、ある種の感情をクローズアップしたものが作りたかったということではないのかななんて思います。まぁ、それには異論もきっと出てくるでしょうが、それでもいいじゃないかと。
でも、今度撮るときは、しっかりとしたドラマのある映画にして欲しいなぁ。せっかくの才能を活かせて欲しいし。
私はこの映画が好きです。とても愛おしい。
今しか撮ることが出来ない、北乃きいと岡田将生の最高の瞬間を、これほどまで素敵にスクリーンに焼き付けてくれたことに感謝したいほどです。そういう意味で、アドリブに任せた演出は大正解だったと思います。
salyuの主題歌も良かった。
もっとみんなに観て欲しいなぁ。あまり難しく考えず、あの頃の気分に浸るつもりで。
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4月1日から、新しい生活を始めています。といっても、職場が変わっただけなのですが、これがなかなか大変で、机の上のもの一つを動かすだけでも、周囲を伺い、「これ、いいですか?」なんて聞いたりして・・・。でも、こうしたこともなかなか面白いもので、案外そんなギクシャクした感じを楽しんでいます。
仕事の内容はシビアなものなのでそれなりに緊張しているのですが、まぁ、マイペースで何とかやっていけるかなと、深刻には考えていません。
こうした環境の変化で、知らず知らずのうちにストレスがたまっていると思うんです。だから、こんな時はやっぱり映画を観なくては。
とりあえず今みたい映画は「ヤッターマン」かな。ドロンジョ様に癒されたいなと。(笑)
そして、「ハルフウェイ」。これは見逃せません。近々私の街でも公開されるので、何を置いても駆けつけようと思っています。北乃きいはいつの間にか私の中で、それ程の女優に成長いていたんです。
家でDVDを観る余裕もない日々が続いているわけですが、「ハルフウェイ」のことを思うと、ワクワクします。※作品の出来をそれほど期待しているわけではないのですが・・・。
映画がある人生。いいですね。
生きることの意味とか、別離の悲しみとか、そういったことを声高に叫ぶ映画は好きになれません。泣かせよう、考えさせようと訴えかけられるほどに冷めてしまいます。だからそういう匂いのする映画は本能的に?避けてしまいます。すると、単館系の映画ばっかり見ることになるんですよねぇ・・・。(笑)この映画はいいですね。普通に語りかけてくれます。「こう思うけど、どう?」みたいに。その加減がとてもいい。肩の力が抜けて、私はずっと微笑みながら見ていました。
加藤ローサ。いい!
この素直な演技・・・、いや、演技なんて感じさせない自然な存在感はどうでしょう。いつの間にか、彼女の表情をずっと追っていました。これは”恋”かな?なんて思うほどに(笑)、彼女が私を惹きつけます。
徳井義実はやっぱりいいですね。チュートリアルの徳井も好きですが、役者としての徳井義実が断然いいです。それはTVドラマ「無理な恋愛」の東海林龍彦役の時にも感じていたのですが、この人の魅力も素直な演技です。今回の役も、そんな彼にピッタリでした。これからが楽しみだなぁ。
とっても幸せな気分にさせてくれます。ラストもあれでよかったかな。その後の物語も色々と想像させてくれる、みなさんにお勧めしたい素敵な日本映画だと思います。
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