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訃報 菅野弘夫さん

菅野弘夫さんが二十三日死去されました。
享年86歳。

菅野弘夫さんは、元東宮大夫。
国立公文書館長を務め、平成元年から東宮大夫となり、一時は東宮侍従長も兼任されました。
皇太子殿下の御結婚に大変尽力され、皇太子同妃両殿下の「納采の儀」の際に、小和田家へのお使いを務められました。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

訃報 田英夫さん(男爵令孫)

田英夫さんが十三日死去されました。
享年86歳。

田英夫さんは、逓信大臣や農商務大臣などを歴任した田健治郎男爵の孫。
日本ホテル会長を務めた田誠さんの次男。

TBSキャスターから、参議院議員に六回当選、社民連代表などを務められました。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

訃報 東儀季信さん

東儀季信さんが十日死去されました。
享年77歳。

東儀季信さんは元宮内庁楽部楽師。
祖父は俳優としても活躍した東儀鉄笛こと季治。
曾祖父は「海ゆかば」を作曲した東儀季芳。
(代々篳篥に秀でる)

楽部退官後はカリフォルニア大学ロサンゼルス校で雅楽の講師を務めた。

当東儀家は安倍姓にして、天王寺方楽人に属する系統。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

国封国公諡号一覧

本朝に於いて爵位と言いますと西洋の影響を受けた華族令によるものが浮かびますが、古には律令とともに唐土の封建制度に基づいて国封(こくふ)が行われていました。太政大臣に任じられた方が薨去された後、国公及び諡号を追贈されました。国公は例えば、三河国に封じられた場合、三河公の爵位を賜ります。諡号は、百人一首でお馴染みですが、貞信公、謙徳公などの類です。国公は辞退されるのが慣例で、唐土のように異姓諸侯が誕生することはありませんでした。ちなみに御堂関白や宇治関白のように出家者には国公、諡号共に与えられませんでした。

藤原不比等 淡海公 文忠公 天平宝字04/08/07

大炊親王   淡路公 ※1   天平宝字08/10/09

藤原良房   美濃公 忠仁公 貞観14/09/04

藤原基経   越前公 昭宣公 寛平03/01/15

藤原忠平   信濃公 貞信公 天暦03/08/18

藤原実頼   尾張公 清慎公 天禄01/05/20

藤原伊尹   三河公 謙徳公 天禄03/11/10

藤原兼通   遠江公 忠義公 貞元02/11/20

藤原頼忠   駿河公 廉義公 永祚01/07/20

藤原為光   相模公 恒徳公 正暦03/07/15

藤原公季   甲斐公 仁義公 長元02/10/22

※1明治三年七月「淡路廃帝」は淳仁天皇と諡号を奉呈される

例外として、藤原不比等公は贈太政大臣、淳仁天皇は生前且つ廃帝に対するものです。唐土には廃帝に対する処遇として国公に封じる例が多々ありますが、本朝ではこの一例だけでした。

奉祝 御即位二十年

天皇陛下には、本日、御即位二十年を迎えられました。

彼の日から二十年の月日が経ったかと思うと、唯々、感無量です。

今日の佳き日を謹んで奉祝し、御代の万歳を心より祈り奉ります。

霜月十日の出来事

○読売の「皇室ダイアリー」の存在に今週まで気が付きませんでした(汗)慌てて目を通すと「94年の外国訪問。記者団に求められた旅の感想を、深夜、パソコンに突っ伏し眠ってしまいそうになりながら打たれていたという。」との一文が。陛下の御真摯な御姿勢に改めて感銘を受けるとともに、パソコン歴にも恐懼する次第。

○源氏物語は「巣守」、大沢本に青表紙本との違いがあるなど、新発見が相次いで発表されました。流石、古典の日。こういうニュースを聞くと、日本書紀の系図一巻が出現する日を夢見てしまいます。

○今回の爆問学問は国会図書館長の長尾真さんでした。資料はきちんと分かり易く整理せんとなあ、と痛感。先日、不必要になったコピー類と一緒に「平成四年○○一覧・その一」の草稿を破棄してしまい凹んでいたところだったので、傷口に塩を塗る思いです(涙)「現存アンシャンレジーム下侯伯子男爵位一覧」は折角作ったので何時かはアップしたいと思うものの打ち込むのがめん(オイ)

○・・・何書くか忘れた

訃報 高千穂有英さん(男爵令孫)

高千穂有英さんが一日死去されました。
享年85歳。

高千穂有英さんは、英彦山神社宮司や貴族院議員を歴任した高千穂宣麿男爵の継嗣で、同じく英彦山神社宮司を務めた高千穂俊麿氏の男。

英彦山神宮宮司、福岡県神社庁長などを歴任されました。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

訃報 阿曇磯和さん

阿曇磯和さんが一日死去されました。
享年58歳。

阿曇磯和さんは、志賀海神社宮司。
神代より続く阿曇連(宿禰)の末葉。
同家は、代々、志賀海神社の社家。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

光格帝の殿上人の装束を召給う事

『思ひの儘の記』より光格帝の御事、御所の不思議なる事ども

○或年の節会の日に、白髪の老人が殿上人の装束にて、殿上のあたりを徘徊ありしに、若き殿上人などは、誰ならむ見ず知らぬ人なりと思ひしに、光格上皇の、節会の様を御覧の為に御幸ありて、臣下の衣服に召変られ、清涼殿の辺を御ありきありしとぞ。

○嘉永七年に内裏焼亡の時、清涼殿の獅子狛犬を、五位の殿上人たる人、一条家へ預に来る。後日其人を尋ぬるに、携帯せる人ある事なし。此獅子狛犬は、数百年を経たる古物也。其霊の致すなりと、一時の奇談とせり。

○慶応二年に皇居丑寅の隅の凹たる所を拡られん為に、飛鳥井邸地の西の方削られたり。飛鳥井門前右の隅を猿ヶ辻といへり。其処は雨夜などは化物出るとて、平民などは避て通らざるなり。往々狐狸の害する事を聞けり。然るに此五月頃の事にや、猿ヶ辻の古狐のいふやう、此度御普請につき、今は住べき所もなくなりたり。願くは妙顕寺の寺内に社殿を建て鎮座し給はゞ、天下安穏宝祚長久を守るべしと、帝の御夢に来り告るを御覧ありしよしにて、建築料金百円外に年々米十石づゝ下さるゝ事になりしよし、奇怪の事ながら、其事を山科中納言言成の記に載たり。先頃此御造営の小屋焼失せし事あり。是も狐の所為といへり。

○花山院家は数百年火災に逢ざる家也。天明八年の大火に四隣悉く焼失せしに、花山院のみ残れり。其寝殿の屋根に烏帽子を冠り黄なる浄衣を着たるもの数人上りて火を禦ぎたりと、庭中に稲荷社ありて狐の守護したりとぞ云伝へり。

本文は『日本随筆大成』に拠りて抄出せるもの

平成二十一年秋の叙勲について

今年も菊薫る文化の日(明治節)となりました。
文化勲章の親授式の日、そして「秋の叙勲」の発令日です。

大綬章級の「旭日大綬章」は、臼井日出男元法相ら11人に、「瑞宝大綬章」は、斉藤邦彦元駐米大使に授けられました。

また井関英男元皇太后宮大夫は「瑞宝重光章」を受章されました。

この度、叙勲の栄を受けられた皆様に、心よりお祝い申し上げます。

Appendix

プロフィール

  • Author:西京子
  • ・今月23日は天皇陛下の73歳の御誕生日です。
    ・同1日は愛子内親王殿下の5歳の御誕生日です。
    ・同2日は崇仁親王殿下の91歳の御誕生日です。
    ・同9日は皇太子妃殿下の43歳の御誕生日です。
    ・同20日は彬子女王殿下の25歳の御誕生日です。
    ・同29日は佳子内親王殿下の12歳の御誕生日です。

    ・今年も早いもので十二月になりました。皆さま、ご多忙の時期とは思いますが、無理をなさりませんよう。
    ・最近はテレビを視聴していないので、今期は殆どついて行けてません(謎)

    ・現在、更新が遅れています。大変申し訳ありません。

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