▼ スーパー♪
うちのばぁちゃんは,御年87歳です。
先日,テレビで高齢者が服用する薬の副作用の話題を放送してました。
高齢による,腎臓や肝臓の機能の低下が,薬の副作用をひどくさせることがあるようです。
で,そのときは,副作用によるふらつきを取り上げていました。
一緒にテレビを見ていた,うちの父。
父 「おばぁちゃん大丈夫かな。病院もほとんど行ってないし,
薬もあまり飲まないみたいだから,いいとは思うけど」
葉っぱ 「いや,ばぁちゃんは大丈夫っしょ」
父 「いや,でもわからんぞ。片足でちゃんと立てるかな」
葉っぱ 「父さんよりよっぽど大丈夫だと思うけどね」
そこへ,お風呂上りのばぁちゃんが通りかかりました。
父 「おふくろ,ちょっとそこで,片足で立ってみ?」
ばぁちゃん 「なにぃ,突然。片足?」
と言ったなり,ばぁちゃんは,ひょいと片足を上げて,まっすぐ立ちました。
それはもう,大変美しい,一本足!
たぶん,そのまま30秒でも,1分でも立っていられたでしょう。
うちのばぁちゃん,すごいと思ってたけど,やっぱり
スーパーばぁちゃん
でした(笑)
ちなみに・・・・
うちの父は,10秒ほどでグラついてました(爆)
(○ ̄m ̄)
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先日,テレビで高齢者が服用する薬の副作用の話題を放送してました。
高齢による,腎臓や肝臓の機能の低下が,薬の副作用をひどくさせることがあるようです。
で,そのときは,副作用によるふらつきを取り上げていました。
一緒にテレビを見ていた,うちの父。
父 「おばぁちゃん大丈夫かな。病院もほとんど行ってないし,
薬もあまり飲まないみたいだから,いいとは思うけど」
葉っぱ 「いや,ばぁちゃんは大丈夫っしょ」
父 「いや,でもわからんぞ。片足でちゃんと立てるかな」
葉っぱ 「父さんよりよっぽど大丈夫だと思うけどね」
そこへ,お風呂上りのばぁちゃんが通りかかりました。
父 「おふくろ,ちょっとそこで,片足で立ってみ?」
ばぁちゃん 「なにぃ,突然。片足?」
と言ったなり,ばぁちゃんは,ひょいと片足を上げて,まっすぐ立ちました。
それはもう,大変美しい,一本足!
たぶん,そのまま30秒でも,1分でも立っていられたでしょう。
うちのばぁちゃん,すごいと思ってたけど,やっぱり
スーパーばぁちゃん
でした(笑)
ちなみに・・・・
うちの父は,10秒ほどでグラついてました(爆)
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▼ 研究と現場
すっかり,1ヶ月に1本の更新になっちゃってます^^;
今日,看護学校の副校長先生とお話しする機会があった。
いろいろ話したんだけど,盛り上がったのは,研究と現場の関係。
教育学や社会学も,最近「臨床」という名前でこの研究と現場の関係を論じているけれど。
看護学や医学は,まさに臨床(文字どおり)場面があってこそ,学問も成り立つし,臨床から研究が始まっているものでもあるだろう。
そんな看護学でも,研究と現場の齟齬があるそうな。
どっちかっていうと,現場で使える系統だった看護理論がまだまだ確立されてない,という副校長先生の見解だった。
で,現場の看護師さんや看護学校の先生方(臨床経験3〜5年+教員になるための研修1年受けて教員になるそう)が大学などで,OJTを受けたりすると,
「そんなこと言っても,現場では使えない」
「研究と現場は違う」
「成果があがるかどうかわからない研究を現場でゆっくり試している時間はない」
という声が上がるよう。
どの分野も,研究vs現場になるときは,同じようなズレが起こってくるのね。。
私は,決して研究vs現場にはならないと思ってる(というかそうなりたくない)。
研究ではわからないことがあり,そして現場ではわからないことが,きっとあると思う。
人間は,悲しいことに,どれだけ努力して新しい視点や自分の置かれてる状況を客観視しようとしても,自分の足がくっついているその場所,状況に,染まってしまう。
そうしなければ,もちろんその場での活動をスムーズに行えないわけだから,人間の習性として大切なことなんだけど,それは染まりすぎてしまうという落とし穴にもなるわけで。
そういうとき,研究してない人だからこそわかること,現場にいないからこそわかることがあるよね。
研究者(の卵)の立場の私は,もっともっと研究を,研究者を現場の人に利用してほしいと思っている。
研究者も問題意識はもちろん持っているけれど,現場の人たちは人びと(患者さんとか,子どもとか)に直結して切実に解決を望んでいる問題に直面していると思う。
それを解決するために,研究者が持っている専門の知識と調査の手法を貪欲に利用してもらえばいい。
私はそうやって現場の人に「利用される」研究者でありたい。
キャッチコピー
「用量,用法に気をつけて,お気軽にご利用ください。」(笑)
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今日,看護学校の副校長先生とお話しする機会があった。
いろいろ話したんだけど,盛り上がったのは,研究と現場の関係。
教育学や社会学も,最近「臨床」という名前でこの研究と現場の関係を論じているけれど。
看護学や医学は,まさに臨床(文字どおり)場面があってこそ,学問も成り立つし,臨床から研究が始まっているものでもあるだろう。
そんな看護学でも,研究と現場の齟齬があるそうな。
どっちかっていうと,現場で使える系統だった看護理論がまだまだ確立されてない,という副校長先生の見解だった。
で,現場の看護師さんや看護学校の先生方(臨床経験3〜5年+教員になるための研修1年受けて教員になるそう)が大学などで,OJTを受けたりすると,
「そんなこと言っても,現場では使えない」
「研究と現場は違う」
「成果があがるかどうかわからない研究を現場でゆっくり試している時間はない」
という声が上がるよう。
どの分野も,研究vs現場になるときは,同じようなズレが起こってくるのね。。
私は,決して研究vs現場にはならないと思ってる(というかそうなりたくない)。
研究ではわからないことがあり,そして現場ではわからないことが,きっとあると思う。
人間は,悲しいことに,どれだけ努力して新しい視点や自分の置かれてる状況を客観視しようとしても,自分の足がくっついているその場所,状況に,染まってしまう。
そうしなければ,もちろんその場での活動をスムーズに行えないわけだから,人間の習性として大切なことなんだけど,それは染まりすぎてしまうという落とし穴にもなるわけで。
そういうとき,研究してない人だからこそわかること,現場にいないからこそわかることがあるよね。
研究者(の卵)の立場の私は,もっともっと研究を,研究者を現場の人に利用してほしいと思っている。
研究者も問題意識はもちろん持っているけれど,現場の人たちは人びと(患者さんとか,子どもとか)に直結して切実に解決を望んでいる問題に直面していると思う。
それを解決するために,研究者が持っている専門の知識と調査の手法を貪欲に利用してもらえばいい。
私はそうやって現場の人に「利用される」研究者でありたい。
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今日,出先で見かけた,私的に「それちょっとないよな〜」っていうこと。
1.コンビニ
13時をとっくに回っておなかがすいたので,コンビニに寄りました。
ところが。
コンビニの入口に,ペットボトルやら何やらの大量のゴミが大袋に入って散乱。
入口付近の地面だけ,なぜか水たまり。でもホースはない。
ゴミと入口の扉の間には,お兄さんが2人してデッキブラシを持ちながら,どう見ても単にだべってる。
こんなコンビニ誰が入るんだ?
客を入れる店の体制じゃなくね?
当然私は,車から降りずに駐車場を出ました。
あそこまでやる気のない店員がいる店には,行きたくないよな〜^^;
2.クリーニング店
コンビニの後のできごとです。
信号が赤で止まっていたとき,ふと横のクリーニング店に目が行きました。
そのお店の入口に貼ってあったもの。
「求入募集」
いや,あの・・・。「入」だし二重表現だし。
「お客さん募集」のチラシ(笑)
そんなにしてまで,お店に入ってほしいんですかね(爆)
誰か教えてあげた方が良い気がする・・・。
面白いから,そのままでもいいけどwww
1.コンビニ
13時をとっくに回っておなかがすいたので,コンビニに寄りました。
ところが。
コンビニの入口に,ペットボトルやら何やらの大量のゴミが大袋に入って散乱。
入口付近の地面だけ,なぜか水たまり。でもホースはない。
ゴミと入口の扉の間には,お兄さんが2人してデッキブラシを持ちながら,どう見ても単にだべってる。
こんなコンビニ誰が入るんだ?
客を入れる店の体制じゃなくね?
当然私は,車から降りずに駐車場を出ました。
あそこまでやる気のない店員がいる店には,行きたくないよな〜^^;
2.クリーニング店
コンビニの後のできごとです。
信号が赤で止まっていたとき,ふと横のクリーニング店に目が行きました。
そのお店の入口に貼ってあったもの。
「求入募集」
いや,あの・・・。「入」だし二重表現だし。
「お客さん募集」のチラシ(笑)
そんなにしてまで,お店に入ってほしいんですかね(爆)
誰か教えてあげた方が良い気がする・・・。
面白いから,そのままでもいいけどwww


