カレンダー(月別)

01 ≪│2010/02│≫ 03
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 - - - - - -

Profile

もりしたともこ

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

トゥジュールYoutubeにアップです。

長らく計画してたトゥジュール・サクソフォン クァルテットの動画アップがようやくできました。
You Raise Me Up、冒頭で少しオカリナもふいています。




またこれからもいろいろアップしたいと思います!
よいなあと思ってくださったらぜひ、広めてくださいな。よろしくお願いしますね。

トゥジュール、次回の公演は2/21(日) やまと郡山城ホールです。

卒業試験

大阪音大の卒業試験をちょこっと聴きに行ってきました。
母校の卒業試験なんてそれこそ自分の卒業以来聴きにいってなかったんじゃないかなぁ…
昨夜雪が少し降って、交通が大変なことになるかと心配していたけれどよいお天気でよかった。
お昼からを聴く予定で行ったのですが、早く着きすぎて会場のオペラハウスが閉まってました。間違えでもしたかとちょっと焦った。

しかしなんというか。自分の弟子が演奏するのをきくってのは、自分が演奏する以上に心臓に良くないですね(笑)
大学4回生の冬。自分もかつて苦しく厳しい練習をひたすら重ね、恐ろしいプレッシャーの中で舞台にたっていたあの気持ちの記憶が蘇ってきました。

今だからいえるけれど、そのとき自分は一次試験となる演奏中に暗譜が飛んでしまって演奏が止まってしまったのです。それでも選ばれて二次試験に進み、最終的に新人演奏会の舞台に立てました。無伴奏の現代曲だったので、演奏が止まった事を試験管に悟られなかったのが幸いしたのかもしれません。
止まってしまってふっきれたのかその後の演奏は自分でも信じられないくらいのエネルギーに満ちてたような覚えはあります。気がつけばすべてを出し切って演奏が終わっていた。ああもう思い残すこともないや、と舞台を立ち去ったものでしたが…

ともかくあの舞台というものには、どうしようもないほどのプレッシャーが押し寄せてきます。無論そうさせているのはすべて他でもない自分自身であり、あの舞台とは自分との戦いでもある。大学卒業時に立ちはだかるラスボスは、4年間自分の中に育ててきた自分自身。自分に課したものが大きければ大きいほどそれは強敵であり、それに立ち向かう自分自身もまた強い勇者となってるはずなのです。
楽しいはずの音楽で「戦う」なんて?と思うかもしれない。リラックスして演奏を楽しめばよいじゃないかと。けれど本当の意味での「リラックス」を得るためには避けて通れぬところがあると私は思います。自分の限界を知ること。限界をこえる力を信じること。
つまりたぶん、もっとも舞台で自由になれるためには、自分自身を知り尽くしていなければいけないと。

ぞろぞろと学生と思しき観客が入ってきては、固唾を飲むように先輩の演奏に聞き入っている。その姿にもいろいろと思うものがありました。そして試験管としての座席に居る、彼らを育ててきた先生方。この会場にある、いろんな人の強い思い。それはあの会場にしかない、不思議で貴重なものでした。たぶんみんなのその思いも、彼らの未来へのエネルギーとなっているはず。輝けるのは、思いを受けてこそ。

オカリナでクシコスポスト

先日、1/9西宮アミティでのライブ演奏をYou Tubeにアップしてみました。





…あらっぽいえんそうですね…精進します。
サックスの演奏もそのうち。

現在、2/21(日)のトゥジュールSQ&大島忠則「サックスでリラックス」大和郡山公演の準備ちゅう。
先日テナーサックスを肩にぶらさげて心斎橋をうろついていたので、肩をいためました…。いまから温泉にはいってきます〜。

震災復興祈念コンサート終えて

ソロコンサートを終えて一週間…いえもう9日になりましたが。
ほんとうはここへ書きたいことがいろいろとあったのですが、気持ちがずっとはりつめてたのが一気に緩んで、かえって緩みすぎたような感じで、ぼんやり過ごしていました。

今年は震災から15周年ということで、もう8年も関わってきている震災復興祈念コンサートへのプレッシャーも、よりつよいものでした。あの地震の強いゆれを経験したとはいえ、実際に被災したわけではない私たちです。しかし15年経った今も被災した方々にとってのその心の傷はなお、生々しく消えぬものであることでしょう。

あの日、「そして神戸」を演奏しました。
あの会場で演奏したのはこれが三度目でしたけれど、重ねて演奏するたびにその重みはより増します。
歌の歌詞は恋に破れた女の寂しさを神戸という土地に歌ったものですけれど、おそらく神戸を故郷とする人にとってただ失恋の歌以上の重みがあるものなのですね。愛郷心、というのでしょうか。震災で失ったもの、長くくらした故郷が変わり果てたあの日のことを、よりしみじみと感じさせるのだろうと思います。
数年前のコンサートでリクエストを受けてやろうという話になった折には、そのような深い感慨を理解することもなく、魅力ある歌だなぁ、カッコイイなあ、と思っていたものですけれど…
震災の被害を実際に経験していない私たちがあれを演奏することの意味とは…もともとの震災復興祈念コンサートのコンセプト−音楽を聴いていただくことで元気になってもらおうという趣旨とはやや別な所に出来てしまったようにも思えました。それは聴く人が望む望まないというのに関わらず。自分の奏でる一音一音にいろいろな深い強い思いがのしかかってきて、演奏を終えた際にはもうフラフラでした。
それでもまた、あの曲は演奏したいと思っていますけれど。

震災から15年。「震災復興祈念」と銘打っているコンサートなのだから、震災についてもうすこし触れてほしいというご意見もお聞きします。そして一方では、楽しみに来ているコンサートで悲しいことを思い出したくはないという方がいらっしゃるのも事実です。
私たちが演奏通じて望むことは、私たちとお客さん、そしてお客さん同士が音楽を通じて心つながり、心温まっていただきたいということです。
人がおなじ「想い」で繋がったとき、生きる希望・勇気は湧いてきます。そして音楽にはそのチカラがある。
音楽が秘めているその奇跡を、皆さんとこれからも共有し続けていけたらと願っています。

あのコンサート後、たくさんお手紙をいただきました。皆さんの細やかな思いが伝わってきて、とても嬉しい思いでいっぱいになり、もっともっとがんばらねばと勇気がわいてきました。
最後になりましたがご来場くださり暖かい拍手をくださったみなさん、お手紙やメールで応援くださったみなさん、いつも手伝ってくれる生徒のみなさん…ほんとうにありがとうございました。

あと4日

初夢は覚えてませんが、けさはしんどい夢でした。
それでなんだか重たい目覚めだったのですが、一方で横で寝ていた娘が同じように夢でうなされたのか起き掛けにしくしくと泣いておりました。
そういえば以前にも同じようなことがありました。そのときは夜中だったのですが、私が重い夢みて目が覚めたしばらくあとに、娘が夜泣きをしだして、だっこしてもなかなか泣き止まなかったことがありました。うーむ、なにか伝わってしまっているのかな、と妙なものを感じずにはおれないです。

9日のソロコンサートまであと4日となってしまいました。
もうさっそくあちこちから「行きますよ!」というFAXやお電話を頂いたりしていよいよだなあーという感じですけれど、年明けは親戚がきたり実家へ帰ったりとなんだかんだしててようやく今日から気分をきりかえてがんばってます。
…へんな夢みたのもたぶん焦っているせいなのでしょう…なにか、衣装を忘れる、みたいな内容でしたし(笑)

さて、がんばろうっと!

FC2Ad

FC2ブログ