自律神経失調症とのお付き合い(その100)〜「下血にショック!」編
●さて、仕事に復帰してから一ヶ月経過しました……。けど、そんなにうまく行ってません…。
●表面上の範囲では、フツウに振る舞ってます。冷房対策にスカーフを纏うのも、違和感なく職場に馴染んできました…周囲はフツウのオシャレアイテムと解釈してくれてます…(スカーフについてはコチラ)。でもでも本当はかなり低空飛行…ギリギリです。
●多分、無意識のうちに、会社ではハイテンションまでに上げてしまっているのでしょう。その一方で家に帰るとテンション暴落。ワイフが話しかけても会話が成立しないほど憔悴します。オマケに頭痛で吐き気までしてくる。首や肩などへんな部分の筋肉が不自然に緊張してるのがわかる。食欲もないし、ハシが持てなくなったり。夜中に何度も目を覚ますし、朝起きるのがツライ。温度を正確に感じ取れないのか、ナンの服を着てイイか悩んでしまう…。
ダメじゃん!素人のボクでも分かる!コレはクスリを抜き過ぎ!前回のこのシリーズで書いたけど、2週間前、心療内科のセンセイは、ボクの精神安定剤と睡眠薬の服用をストップしたのです。レギュラーでのむのは感情をバランスよく保つムードスタビライザーというクスリだけ。マジ?減らし過ぎじゃない…?という不安はやはり的中。クスリを抜けたのは最初の二日程度、後は今までのクスリの余りをヤリクって安定剤と睡眠薬を飲み繋ぐ毎日。ホント消耗したわ〜。

そんでダメ押しの出来事が今朝発生。下血。ゲンナリ。
●5回ほど起きては寝て起きては寝て過ごした苦しい夜をなんとか突破して、フラフラしながら、朝のトイレに入った。(少々キタナい話になるのをお詫びしておきます)そんでフツウに大きい方をしたつもり…で、ふと便器の中を見たら鮮血で真っ赤!なんじゃこりゃ?!真っ赤だぞ!なんで血が出てるんだ?
●ハイパーゲンナリ…。どこまでボクのカラダはポンコツになっとるんじゃ…?神経の仕組みが大幅に狂ってて、気管支ぜんそくで、胃液が逆流して食堂を痛めてて、胃の粘膜に小さい腫瘍が見つかっちゃって、お酒を一滴も飲まないのに肝臓の数値がダメダメで、目をえぐり出したいほどの頭痛で吐きそうになったりして、ヘンテコな部分の筋肉がバキバキに緊張して痛みが止まらない。ソコにさらに追い打ちをかけて、今朝はコーモンから出たと思しき血液がこの便器の水を真っ赤に染めてる。一体なんなの?もうカンベンしてよ…。
●虚脱しまくりながら、ワイフに声をかける。「あの〜本当に申し訳ないハナシで、こんなモン見たくない気持ちは十分わかるんだけど、ちょっとコレについて意見が聞きたいのよね。なんか知らんけど、コーモンから血が出てるんだわ…。ちと見てくんない?」ワイフ「血が出た?……はあ…まーこのくらいはダイジョウブでしょ。セイリの時はもっとスゴいから。」いやいやいや、その比較はボクの場合全然参考にならんから!


奇しくも今日は心療内科の診察の日であった。早速今朝の出来事を相談する。
「それはね、肛門科のハナシですよ!」とセンセイ。「痔なんてのはね、珍しくないんですよ。日本人にはコト多いんですから」うーん、切れてイタい的な感じはなくって、いきなり真っ赤なんですよ。「でも真っ赤なんでしょ?胃から血が出てたら真っ黒になりますからね。赤いというコトはそんなに深くない所から血が出てる証拠」…そんなハナシは確かに聞いたことがあります…「痔はね、子供を生んだ女の人は多かれ少なかれミンナそうなっちゃいますよ。デスクワークの男性も多いですよ。別に珍しくも何とも!」センセイ、これボクを励ましてるつもりだろうか?「♪痔にはボラギノール!ってCMもたくさん出てるじゃないですか。アレはアレで需要があるからこそ、ああいう宣伝が成り立つのです」キッパリ!
●ああ、あのCMか…。♪痔にはボラギノール…。痔って当事者としては非常にカミングアウトしづらいビョウキだけど、あのCMにおいては若い主婦二人(しかもセンセイのいう通り小さい子供を連れた経産婦)がフレンドリーに痔の悩みをトークし合うのよね…。でもやっぱり生々しくデティールの話をしてしまうのは微妙なのか、静止画を数カット重ねることで現実感を弱めているツクリになってる。痔に関する会話が、現代日本における無意識的タブーの境界線に位置することを、明快に浮き彫りにした傑作CMだな……と一瞬全く役に立たない思考にハマった。…今のボクにはどうでもイイ問題だ!

ボラギノール

(ボラギノールのCM。主婦編は2002年の放送で、女子高生編、結婚式編、海外旅行編、熱血野球編など数々のバリエーションがあった。様々なシチュエーションで痔を語る!)

センセイ、痔のコトはまずおいといて、減薬してから全然ダメなんですけど。
●本題はコッチなのである、センセイに相談すべきは!ボラギノールは一反後回し。センセイ「それじゃあ、少し戻しましょうか…このテのコトは、行ったり来たりはよくあることですからね」結局、安定剤メイラックス、睡眠薬ドラールが復活するコトとなった。頭痛対策には漢方の「釣藤散」。以前にもらってたクスリの復活だ。これで少し体調がおちついてくれるだろうか。


会社の診療所で相談。
顔馴染みのナースさんに説明するのも恥ずかしい。フツウの病院ならフツウに振る舞えるだろうさ!しかし、会社診療所のナースさんたちはリハビリの時に毎日顔を合わせてて、もはや同僚的感覚なのだから、そうはいかない……ボクはナースさんたちの出勤退勤時の私服モードも見てるわけですよ。制服に象徴される職業モードとは逆サイドの彼女たちを見てしまうと、もうボクから見たら完全にフツウの同世代女性にしか思えないわけで、それは「制服萌え」ではなく「''逆''制服萌え」的な感情ですらあって(すんません、意味分かんないですね)、とにかく今さら恥ずかしい話するのは気が引けちゃうんですよ。
●あ、あの血が出ちゃいましてですね…。ナースさん「はい?ドコから?」今朝トイレに行った時でして…。「あら、血尿?初めてですか?」回数で言いますと、いわゆる初回です!……でも血尿ではなくてですね〜どちらかというと大きい方でして…。つーか、「いわゆる」とか「どちらかというと」ってナニ?自分で自分をツッコミたくなる説明だよ。…ボクってとってもチキンなオトコだわ…。
●診察を終え、結局、軟膏を4日分出してもらうことに。朗らかに軟膏の使い方を説明してくれるナースさん…。ボクは、今このブログを打ちながら、手元にある軟膏をどうしたらイイか、めちゃ迷ってます。

●ほら、やっぱり万事快調なコトにはならなかった…。やっぱそんな簡単にビョウキは治らないよ。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-557.html



●カラダが弱っているので、音楽も柔らかいモノを選んでしまう。

イタリアン・グラフィティ(紙ジャケット仕様)イタリアン・グラフィティ(紙ジャケット仕様)
(2006/08/23)
ニック・デカロ

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NICK DECALO「ITALIAN GRAFFITI」1974年
●ロックの歴史の教科書のような本を読むと、コイツが登場して来る。アダルト・オリエンテッド・ロック、略して A.O.R. の一番最初のレコードだ、と説明されている。「アダルト・オリエンテッド」が何だ?と言えば、「大人向けの」という意味。大人向けロック。乱痴気騒ぎに明け暮れた60年代ロック革命(ビートルズ、ストーンズ、ジミヘン、ウッドストック、花のサンフランシスコなどなど)をくぐり抜けて、当時の若者がマリファナとかベルボトムジーンズを卒業して普通の大人になった頃、そんな大人にふさわしい音楽を欲しがるようになった。リスナーが成熟すればロックも成熟するのだ。そこで登場したのが A.O.R. でございまして、その先駆者がこのヒゲ&蝶ネクタイのオッサンでなのである。

ボクは、A.O.R. というジャンルにイイ印象をもってない。
●このジャンルが定着し全盛期を迎えるのは1980年頃。つまり田中康夫「なんとなくクリスタル」の時代である。今では小太りの政治家になった田中康夫氏がまだ一橋大学の学生だった時に発表した小説で、モデル兼女子大生の主人公が A.O.R. を聞きながらDCブランドの店や流行りのレストランを歩く内容だった。バブル以後の世代に属するボクには、非常にイケスカナイタイプのお話。時代に与えたインパクトの大きさに対しては敬意を感じても、内容の全てを良しと出来ない感情が残る。ここで強調したいのは、80年代的ブランドで記号武装するドレスアップの時代感覚と、ロスジェネ的開き直りとでも言えばイイのか?90年代的ドレスダウンの時代感覚との間には、大きな活断層が存在しているというコト。でもって、A.O.R. もそのイケスカナイ80年代アイテムとして、ボクの中では実にイメージが悪かった。

なんとなく、クリスタル (1983年) (河出文庫)なんとなく、クリスタル (1983年) (河出文庫)
(1983/04)
田中 康夫

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ただし、A.O.R. の元祖であるこの NICK DECALO というオトコは、これまた一味違う。
●本人がこのアルバムについて語っている。「70年代前半に流行っていたカーペンターズやビーチボーイズのようなポップミュージックに、もっと大人っぽいサウンド、つまりジャズやソウルミュージックのエッセンスを加えてみたら……というコンセプトで出来上がったのがコレなんだ」で、出来上がった音楽が実に純粋。そこに好感を感じられる。CARPENTERSTHE BEACH BOYS (「PET SOUNDS」!) のポップスとしての奥行きはボクでも十分理解出来る。そして多分彼は素朴に音楽職人としてその先へさらに進もうとしたまでだ。楽曲の多くはカバー、おそらくポップスの作り手として純粋に敬意を払っての選曲と思える。内容は STEVIE WONDER が2曲、そして JONI MITCHELL、RANDY NEWMAN、VAN MCCOY、TODD RUNDGREN など。彼が自分で言うように、ソウルミュージックの重要人物やその側で優秀なポップスを描いていた人ばかりだ。しかし原曲のカタチが分からないほど完全に自分のアレンジに落とし込んでユッタリとしたポップスに昇華している。ササクレだった神経も優しく撫でられるようだ。

それと大きなポイントとしてこのジャケット。これも好感が持てる。
●なぜジャケットが大事か?このヒゲ&蝶ネクタイのオッサンは、明らかにイケテナイ。ドコをどう見てもこのヒゲ&蝶ネクタイがオシャレに見えない。この中途半端なクセっ毛も全然カッコいいと思えない。メガネも野暮ったい。70年代当時ならイケテタのか?いや絶対イケテないと思う。コイツ絶対非モテです!コレだけでリスナーとして感情移入出来る。つまり、彼は音楽に対しては純粋だけど、オシャレとはカンケイないオトコだった…。「大人っぽいサウンド」という目標は持っていても、田中康夫のように自分のサウンドをオシャレアイテムとして記号化して弄ぼうなどとは思っていなかった。むしろ、未知のジャンルに踏み込む無謀な冒険者のブサイクさを彼はキチンと備えている、と思える。だから彼はボクらの仲間だ。
●イケテナイ非モテルックスの持ち主で、実はボーカルもそんなにイケテナイ彼は、キャリアを裏方のアレンジャーという立場から始めて、そしてこの後も裏方仕事を中心にしていく。彼が表舞台に出た場面は実はごく少数で評価もそんなに高くない。この作品もその後の A.O.R. の成長を受けて再評価されたようなもので、リアルタイムにバカ売れした気配がしない。だって彼の名前を検索してもマトモな記事が見つからないほどなんだモン。NICK DECALO という人間の輝かしい季節がココに封じ込まれてると言ってもイイのかも。

●一方で、NICK を担ぎ出したプロデューサーはこの後の A.O.R./フュージョン・シーンの中で大活躍する。TOMMY LIPUMA という男だ。彼はこの後レーベル運営からプロデュースワークなどで辣腕を振るい、MICHAEL FRANKS、THE YELLOWJACKETS、GOERGE BENSON、AL JARREAU を手掛け、田中康夫が大好きなタイプの A.O.R. をこの世に準備した。そして最近ではジャズの名門 VERVE RECORDS の経営者に収まってるらしい。この人の名前を覚えておくと、レコ屋の買物のイイ目印になります。


MICHAEL JACKSON 死去。
●まるでウソみたいなスピードで死んじゃったという印象。一昨日の朝のニュースを、固唾を飲んで見守っちゃった。6時30分で速報「マイケルが呼吸停止で病院に搬送」、7時で「マイケル心肺停止の模様」、7時15分で「ハリウッド有力芸能サイトがマイケル死亡と報道」、7時30分で「ニューヨークの主要テレビ局も死亡と報道」…そんで9時「ロスの検死官がマイケルの死亡を確認」。マジかよ…あっけなさすぎるよ…。
●そりゃないぜマイケル「マイケルさんのスポークスマンによると、持病の○○病で簡単な発作を起こしただけ、全世界のファンに心配をかけてゴメンよ、ロンドン公演は予定通りやるよん!ポゥ!」なんてコメントが出てオシマイだと思ってたよ…。カネにモノ言わせてナノテク人工心臓で復活!ぐらいやってのけてもらいたかったよ。…だってマイケルはエンターテインメント・サイボーグでしょ?

会社に出たら、マイケルの話題でモチキリ。世代でマイケル体験が全然違う。
●50歳のオジさんは「ジャクソン5だろ!そんでソレをパクったのがフィンガー5。アイツら昔六本木辺りに住んでて、オレは近所の中学生通ってたから、アキラ出て来〜い!とか言ってたわ(←マイケルの話じゃないし)40歳のセンパイは「クインシージョーンズの頃からスリラーだよな…」と言って昔散々練習したというムーンウォークを披露してくれた。39歳の女のセンパイは「WE ARE THE WORLD ってマイケルの作曲よね」。35歳のボクの世代はディズニーランド「キャプテンEO」。アレはジョージ・ルーカス&フランシス・コッポラというチームだったような記憶が。20代後半になると JANET JACKSON のお兄さんという位置づけで、20代前半の若者にとっては、白塗りの奇人変人というイメージだけ…。こんだけ幅のある印象を各世代に植え付けたマイケルという人物、いかに時代時代でメリハリある生き様を見せてたのかと感じ入る、象徴的な会話だった。



スーパースターの突然の死に戸惑う人々。
●渋谷のタワーレコードに行ったら、店の前に大きな看板が出てた。

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●でかっ!高さ2メートルほど?「R.I.P. MJ 1958-2009 MICHAEL JACKSON」…コレを見て故人の偉大さが初めてハッキリと理解出来た。

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●店内に入ると、イチバンいい場所にブースが設けられ、1996年に来店した時の手形が展示されていた…。

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●そして、それをケイタイのカメラで撮影する人…。CDを手に取る人…。それを見ながら近くの女子高生が友達にささやく。「マイケルってウチらの世代じゃないよね…あんま知らないよね」そう、相手はスーパースター、ズバリの世代であるボクだって身近な感覚では悲しいとかって感じられない。死んだというより消えたって感じか?世界中の誰もがそう思ってるんじゃないだろうか?



今日はそんな偉大なるマイケルの音楽世界に入ってみよう。
●今回は彼の黄金期だとボクが思う時代を遡っていくように聴いてみようと思います。


DangerousDangerous
(2001/10/17)
Michael Jackson

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「DANGEROUS」1991年
●このCDをリアルタイムで買って来たのは、ボクではなくて2歳年下のボクのイモウトであった。90年代が幕明け、ヒップホップが流入しグランジ革命が起こってた当時である。高校生になってたボクは、少々マイケルには飽きていた。イモウトは確かまだ中学生であって、おまけにCDなんて滅多に買わないタイプだったので、彼女にとっては精一杯の背伸びな買物だったろうが、ボクはこの作品には冷淡で無関心な態度でいたのを思い出す。
●しかしCDを聴かずとも、街中からマイケルの音楽は耳に入って来る時代だった。印象的なシングルは「BLACK OR WHITE」。当時はまだカワイい子役だったマコーレ・カルキンくん(後は立派なジャンキー)がイントロで GUNS N' ROSES のギタリスト SLASH のハードロックギターでノリノリになる小芝居スキットから始まって、人種の壁も国境も乗り越えろというマイケルらしいメッセージを軽妙なギターと共に歌うポップス。ビデオクリップには、今ではナンも珍しくなくなったモーフィングというCG手法がスゲえビックリマジックとして光ってた。ちなみに SLASH はもう一曲でブルージーなギターを鳴らしてる。
●今の感覚で聴き直すと、真っ当に時代の波を受けたニュージャックスウィングのアルバムだったと気付く。プロデューサーとして半分の楽曲に関わった TEDDY RILEY(GUY, BLACK STREET)の存在がやっぱ響くね。一曲目の「JAM」なんて教科書通りのニュージャックスウィングだし、そこに続く前半戦の楽曲は91年段階では最新鋭のスタイルだったのでした。ボクが後年好きになったのは、NAOMI CAMPBELL とのプロモ共演で話題になった「IN THE CLOSET」(監督は写真家 HERB RITTS!)。密室感溢れる性愛の世界がセクシーです。それでもビートはしっかりハネてます。
●しっとりR&Bでは「HEAL THE WORLD」が聴き所。彼がこのテのウタを歌うとその慈愛は常に全地球、全人類規模へ果てしなく射程距離が伸びてしまうようです。スーパースターは見てるもののスケールがデカイ。彼は後に「HEAL THE WORLD 基金」なるものを作って世界の子供を助ける慈善団体を作る。
●……ただし、この時代以降から、マイケルは思った以上に常識感覚が世間からズレテる…しかもかなり大幅に…というコトがだんだんわかって来ちゃった。アレ?コレはキャラのツモリじゃなくてマジだったの?的な違和感。ジャケでは自分のカラダを遊園地に隠してしまってるが、実は遊園地にヒキコモッテいたかったのかも…。この頃からだんだん肌の色が白くなってきたし、子供好きが度を超してて児童性愛までイッテルなんてトコまで行く。彼の全盛期はコレにて終了…したと思う。



BadBad
(1990/10/25)
Michael Jackson

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「BAD」1987年
●この時代は、ボクにとってマイケルが一番刺さってた頃だ。1987年は東京ディズニーランドに3D映画アトラクション「キャプテンEO」がオープン。前述した通り、制作にジョージ・ルーカス、監督にフランシス・コッポラと超豪華。劇中のエイリアンや宇宙船の質感がなにげに「スターウォーズ」っぽいなと思ってた。おまけに1985年「WE ARE THE WORLD」マイケル LIONEL RICHIE の共作)の余韻の残る時期でもある。従って、当時中学一年生だったボクには、マイケルこの地球上で未来世紀のエンターテインメントに一番近いポップスターだと思えてた。
●で「BAD」。このアルバムをリアルタイムでゲットした覚えはない。しかし11曲中9曲をシングルにして、ソレをことごとくヒットチャートに送り込むのだから、イヤでも耳に入るわな。こと表題曲の「BAD」はとにかく大ヒット。ボク的には品行方正だったマイケルがゲットーの若者に交じって目一杯イキがってみせてて、でも全然「BAD」に見えないトコロがツボでした。「オレはワル!ワル!マジでワル!わかるだろ!ワル!ワル!そうさ!ワル!ワル!世界中に聞いたってスグに答えるさ、もう一度だけ聞こう、誰がホンモノのワルだ?」熱唱!…でもホンモノのワルは、プロモで「ウエストサイドストーリー」みたいなダンスはしないと思う…。衣装は80年代だけどダンスは50年代風にコダワッテルのよね。
「SMOOTH CRIMINAL」も強力なヒット曲だったな…。これまたインパクトが強いプロモだった。30年代風の違法クラブに真っ白いスーツに身を包んだマイケルが乗り込んで、ダンスしまくる……重力に逆らう角度までカラダを傾けるトリックとかにビビった。もうファンクともロックともつかないダンスビートもマイケルにしか出来ない芸当です。
「MAN IN THE MIRROR」マイケルお得意全世界イッペンに癒します系のミドルテンポバラード。折しも米ソ冷戦レーガン/ゴルバチョフ体制下で雪解けムードを醸し出し始めた時期。本人不在でニュース映像のフッテージだけで構成したプロモはこれまた印象的だった。そんで今でも名曲だと思ってる。飢餓に苦しむアフリカの子供たち、南太平洋で行われた水爆実験、マザーテレサ、ガンジー、ケネディ、キング牧師、ジョン・レノン、ヒトラー、KKKの覆面集会、涙しながら祈りを捧げる黒人司祭、ネルソン・マンデラの解放要求デモ、ポーランド民主化の英雄ワレサ氏(後大統領)がパッパッパッと流れていく。そしてそんな世界の有様を見せながらマイケルは歌う。「ボクは鏡の中に映るこの男と始めよう 彼の生き方を変えて行こう このメッセージよりクリアに伝わるものはない 世の中をよくしたいと思うなら もっとよく自分を見つめて変えて行くんだ」後半はゴスペルクワイアと共に大合唱状態になる…。



Thriller (25th Anniversary Deluxe Edition CD/DVD)Thriller (25th Anniversary Deluxe Edition CD/DVD)
(2008/02/12)
Michael Jackson

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「THRILLER 25」2008年
●80年代ファンクの傑作「THRILLER」は1982年発表。当時のボクは確か小学3年生。これまたヴィジュアルが記憶に突き刺さってる。実はフツウの家庭にビデオテープレコーダーが普及したのがちょうどこの頃なのだ。コレわりと重要だと思うけど、ビデオの普及とプロモビデオの存在感はリンクしているはず。しかし我が家にはまだビデオデッキはなくて(しかもその後ベータマックスを買ってしまった…)、近所の友達の家に先にビデオはやって来た。
●さて、その友達のお母さんが「オモシロいビデオがあるから見せてあげるわよ」という。それが、あの14分の短編映画「THRILLER」だった。「ちょっとコワいかも知れないからね〜」というオドカシにドキドキしながら見た「THRILLER」。当時の映像技術をフルに使ってマイケルが狼男やゾンビに変身してしまうシーンは衝撃でした。ゾンビを従えて踊るマイケル。メチャクール。コレが「マイケル・ジャクソン」という存在をハッキリ意識した初めての瞬間です。あ、あと「オレたちひょうきん族」ウガンダトラさん(R.I.P.) が完全パロディにしてたのが記憶に残ってる。デブなのに踊れる!最高に笑えた。
「THRILLER 25」「THRILLER」発売25周年記念特別盤として発売されたモノで、おまけDVDにこの14分「THRILLER」ビデオクリップが収録されている。実はコレを我がコドモたちに見せたくてワザワザ購入してしまったのだ。よく見ると監督は「ブルースブラザーズ」を手掛けた JOHN LANDIS じゃん。それはボクも初めて知った。30年近く前にボク自身が前フリされたのと同じように「ノマドヒヨコ、ちょっとコワいけどオモシロいビデオがあるんだよ〜」と前フリして見せてやる。…もう二人とも最高の顔してたね。ノマドは言葉を失い身動きもせずに画面に釘付け。ヒヨコは最初関心がないかと思わせて、もうコワいシーンはカオをテで覆って(でもスキマからキチンと見て)たもんね。全編見終わったら「もうイッカイ!もうイッカイ!」のリクエスト。輸入盤で買ったから字幕がついてないので、弁士のように細かくボクが解説しないといけなかったのが想定外だったけど…。「なんでアカいフクのオニイさんまでゾンビになっちゃったの?」「なんでゾンビがふっかつしたの?」「なんでふたりはヨルのおハカにいっちゃったの?」キミたちあまり野暮で細かい疑問を吹っかけるのはよくないよ…。ただ重要なのは、このマイケルというオニイさんが今週死んじゃったということなのだよ。
●さらにDVDには「BILLIE JEAN」のライブ映像が収録されてる。コレにもコドモたちが衝撃を受ける。そうあのマイケルの必殺技「ムーンウォーク」が映っていたのだ!彼の華麗な足さばきは、コドモたちの目から見ると、まるで氷上をツルツル滑っているように見えているのだった。こと、前に歩く仕草で後ろに歩いてしまう「ムーンウォーク」はホントに不思議に見えたようで、しばらくテレビの前でどうしたらそんな動きができるのか、頑張って足を動かしてたもんね。
●改めて聴くと聴き所の多いアルバムだねー。一曲目「WANNA BE STARTIN' SOMETHIN'」や終盤の「P.Y.T.(PRETTY YOUNG THING)」は正統派ディスコファンクの匂いを引きずってるけど、ロックチューン「BEAT IT」はただロッキンなだけじゃなく、演奏陣もマジでロックだった!だってギターは EDDIE VAN HALEN だし、ベースとドラムは STEVE LUKATHER & JEFF PORCAROTOTO の中核メンバーなんだもん!リラックスしたポップソング「THE GIRL IS MINE」 PAUL MCCARTNEY との共演。その後 PAUL のアルバムに収録される「SAY, SAY, SAY」への共作にも繋がる。どちらも高性能なポップソング。シンセアレンジが清々しいミドルバラード「HUMAN NATURE」はその後 MILES DAVIS にもカバーされ、90年代のR&Bガールズグループ SWV にガッツリサンプルされた名曲だが、実はコレも TOTO のメンバーの提供曲だった。
「THRILLER 25」には「2008 REMIX」と称して THE BLACK EYED PEAS WILL.I.AM FERGIE、そして AKON KANYE WEST が手掛けたトラックが収録されてる。ボクは AKON の塩辛い声がマイケルのラインを完全になぞる「WANNA BE STARTIN' SOMETHIN'」が新鮮で好き。FERGIEマイケルがガチガチに掛け合う「BEAT IT」もいいけどね。



オフ・ザ・ウォール(紙ジャケット仕様)オフ・ザ・ウォール(紙ジャケット仕様)
(2009/07/08)
マイケル・ジャクソンクインシー・ジョーンズ

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「OFF THE WALL」1979年
●ここからはボクとしてはリアルタイムの経験は全くない…。マジメに聴いたのはずっと後になってのこと。70〜80年代ディスコファンクを掘り下げてゆく中で出会った。キーパーソンは QUINCY JONES。この作品から、「THRILLER」「WE ARE THE WORLD」「BAD」の時代までマイケルを支えることになるプロデューサーだ。
QUINCY JONESは1950年代のジャズ界からキャリアを起こしたブラックミュージックの重鎮。DIZZY GILLESPIE のバンドでトランぺッターとして出発した彼は、アーティストとして活躍する一方で音楽業界の仕組みにも精通し、60年代には MERCURY RECORDS の副社長に。このような立場に立った黒人はアメリカでは初めてだ。アレンジャーとしては FRANK SINATRAELLA FITZGERALD、PEGGY LEE の楽曲を手掛け、白人アイドル歌手 LESLEY GORE のデビューをプロデュースする。ブラジル音楽にも通じ、「SOUL BOSSA NOVA」1962年というボッサジャズでヒットを飛ばし、ディスコファンクでは「AI NO CORRIDA(愛のコリーダ)」1981年がヒット。ハリウッドに渡っては映画音楽を数多く手掛け、カポーティの名作を映画化した「冷血」、シドニー・ポワチエ「夜の大捜査線」、スティーブ・マックイーン「ゲッタウェイ」、そして人気テレビシリーズ「THE BILL COSBY SHOW」までも手掛ける。日本のテレビ番組「ウィークエンダー」のテーマも彼の楽曲だ。
●このジャズからディスコファンクまでのブラックミュージックの歴史を体現するような人物と、マイケルが出会ったのも、映画がキッカケである。「オズの魔法使い」を全部黒人キャストでやりました、という映画「THE WIZ」があったそうで(ちなみに主演は DIANA ROSS)、20歳の頃のマイケルはココで「カカシ」の役をやっていた(←これはトホホな話なのか?)。そんで、この現場で映画音楽を手掛けていた QUINCY と出会う。「誰かボクにピッタリなプロデューサーはいないかな?」「それじゃワタシが引き受けよう」QUINCY は自慢の口ひげをいじりながら、この子役上がりの若者をもっとビッグにしてやると誓った訳だ。実際この「OFF THE WALL」の大成功で二人の立場はさらに高いモノになってしまった。
●このアルバムを聴いたことのナイ人でも、一曲目「DON'T STOP TILL YOU GET ENOUGH」は絶対耳にしたことがあるはずだ。イントロドン!で理解出来るはず。華麗なストリングスアレンジ&切れ味抜群のホーンアレンジに、マイケルの全編ファルセットがサーッと滑ってく感じの、絶妙なディスコダンサー。もうコレでゴハン3杯イケルね。アルバムの他の曲も基本折り目正しくディスコファンク。80年代には完全なマイケル世界を組み上げる彼だが、この段階では高性能なディスコシンガーという趣が強いのでした。



ベンのテーマベンのテーマ
(2005/05/25)
マイケル・ジャクソン

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「BEN」1972年
●いきなり時代は飛んで、マイケル14歳のアルバム。マイケルの初期キャリアと言えば、4人のアニキと一緒に組んでた THE JACKSON FIVE なのでありまして、彼は8歳の頃からステージに立っておりました。デトロイトの伝説的R&Bレーベル MOTOWN と契約したのは10歳の時。アニキの一人 JERMAINE JACKSON とマイケルがリードボーカルなのですが、天才的な歌唱力は早くも人々の耳を引きつけ、誰もがマイケルにビックリ。「I WANT YOU BACK」「ABC」「THE LOVE YOU SAVE」(←この曲イチバン好き!)「I'LL BE THERE」などと快調なヒットを飛ばすのでした。
●一方で、THE OSMONDS という白人兄弟グループが登場して、THE JACKSON FIVE と同じノリの商売を始めました。実はコレも結構バカに出来ない物件で、レコ屋で安く見つけたらゲットして聴いて下さい。バブルガムポップスとして楽しいです。さて、黒人と白人でいったら、才能とカンケイなく白人の方に分があるこの時代。THE OSMONDS の連中はさらにエグイ商売を思いつき、メンバーのソロ活動も始める。言わば兄弟バラ売り作戦。MOTOWN の社長 BERRY GORDY JR. も指をくわえて見てる訳にはいかねえ!と、マイケルソロ活動を命じるのです。コレが1971年、13歳の時。本人は「え、ボクがソロ?おニイちゃんたちいないの?」的な戸惑いがあったようですが。
「BEN」はソロのセカンドアルバム。QUINCY に出会う前の10代のマイケルにとって最大のヒット曲が、このアルバムの表題曲です。実はシモキタザワで100円でゲット。しめしめ。ジャケにはちと気持ち悪いネズミさんがいますが、この曲はベンという名のネズミくんが活躍する映画のテーマソングなのでしょーがないのです。もうチョイかわいく描けないのかよ?……実は本来この曲は白人のライバル THE OSMONDS のリードシンガー DONNY OSMOND に提供される予定だったのですが、ヤツが忙しいという理由でマイケルの下にやってきたという逸話も。だから、MOTOWN らしくないスローバラード。でも、マイケルの歌唱力がハンパじゃないというコトを証明するにはうってつけでもあったのでした。
●他人様の曲を歌うのも珍しくなかったこの時代、ナイスなカバーもありまっせ。THE STYLISTICS「PEOPLE MAKE THE WORLD GO ROUND」のディープなソウルを、変声期前のファルセットで歌い上げてます。THE TEMPTATIONS「MY GIRL」もチャーミングにカバー。STEVIE WONDER が60年代に歌った「SHOO-BE-DOO-BE-DOO-DA-DAY」も実に遊び心満点で歌い切ってくれてとても楽しい。
●80年代「MTV時代」を鮮烈なダンステクニックで駆け抜けスーパースターになったマイケルだが、基礎にあるのはやっぱ抜群の歌唱力。それを分からせてくれた一枚ですわ。変声期前の素直なボーイソプラノはホントに耳に気持ちイイ。


ちなみに、THE JACKSON FIVE のその後についてもチョッピリ。
●70年代はニューソウルの時代だ。公民権運動の影響で黒人社会の意識も高まり、黒人のソングライターたちも自由に自分たちの意見を音楽を使って表明していきたいと考えるようになった。しかし!マーケティング先行の楽しいR&Bを、ハウスバンド&スタジオで量産していた MOTOWN はそんな連中を気持ちよく思わなかった。ここで、ソングライターとレーベルの摩擦が発生する。MARVIN GAYE STEVIE WONDER は必死に会社と戦い自由な表現を勝ち取るコトが出来た。
●しかし、JACKSON 兄弟は?彼らはまだ小僧なのでした。でもさ、自由な表現だけじゃないよ、ギャラも結構ボラレてるよ?コレどうにかなんないだろうか?すったもんだあったあげく、1976年とうとうグループは MOTOWN を離れることにした。移籍先は CBS だ。しかし困ったことに、MOTOWN の社長 BERRY GORDY JR. の娘さんとリードシンガーの片割れ JERMAINE は結婚しちゃってたのよね。さすがに義理の父親をムゲに出来ず JERMAINE 兄さんはグループ脱退& MOTOWN にソロとして残るコトに。あげく MOTOWN 「THE JACKSON FIVE」という名前は使わせないと主張。移籍したグループは「THE JACKSONS」と名前を変えなくてはならなかった。補充メンバーはマイケルの弟 RANDY
CBSGAMBLE & HUFF という黄金プロデューサーチームをあてがい、新生 THE JACKSONS を始動させるが、マイケルはこの騒動にかなりゲンナリするものがあったらしい。快活な少年は、この時期を境に極端に内気な青年に変わってしまった。「カカシ」役で映画に出て QUINCY JONES と出会ったのはそんな頃だった。

VictoryVictory
(1988/10/27)
Jacksons

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JACKSONS「VICTORY」1984年
●70年代まではなんとか機能してた THE JACKSONS だが、マイケル「OFF THE WALL」「THRILLER」の大成功で完全にバランスを崩し、80年代は全然活動ができなかった。そんで4年のブランクを経てやっとリリース出来たのがこのアルバム。細かいようだが「THE」が取れたみたい。
ジャケに登場するのは6人のオトコ。アレ? THE JACKSON FIVE なんだから五人組じゃないの?移籍騒動で袂を分かった JERMAINE 兄さんが晴れて MOTOWN から足抜け出来て、再び兄弟が全員集合できたのだ。そういう意味でタイトルが「VICTORY」なのか?しかし、ソロとして立場を確立してたマイケル& JERMAINE はこのアルバムではあんまり登場しない。マイケルがリードを取るのはたったの3曲だよ!結果としてこのアルバムはあまりオモシロくない…。フツウの80年代R&Bだわな…。珍しいトコロは、「STATE OF SHOCK」という80年代風ファンクでマイケル MICK JAGGER のデュエットが聴けるというポイント?でも基本的にマイケルはやる気なし状態で、このアルバムリリース後に彼はグループを脱退してしまう。グループ自体も1989年に解散。末のイモウト JANET「RHYTHM NATION 1814」1989年で大ブレイクするのと入れ替わるように、アニキたちは音楽業界から消えて行った。

Rhythm Nation 1814Rhythm Nation 1814
(1990/09/07)
Janet Jackson

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●馬の目を抜くような弱肉強食の音楽業界に少年時代からドップリ浸かり、ソレ以外の世界を知らずに育った少年は、世界に対して極端なほど臆病な大人に育ち、その商業的大成功がより彼を孤独にしてしまった。才能にも十分恵まれたし、努力も目一杯したはずだ。なのに、真っ当な恋人も見つけられなかったし、子供に対する愛着も世間から非難された。……少年時代の彼に同い年の友人がいただろうか?どんなに大金を積んでも、遊園地を自分の家に作っても、彼は自分の少年時代を買い戻せなかった…。マイケルは、少しカワイソウな人だったと思います。R.I.P.


ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)
(2009/04/17)
中川淳一郎

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中川淳一郎「ウェブはバカと暇人のもの 現場からのネット敗北宣言」
●会社の同期がデスクの上に置きっ放しにしてたので、パラパラと読んでたらそのまま最後まで。だって、タイトルが扇情的なんだもん……帯コピーも「どいつもこいつもミクシィ、ブログ。インターネットは普及しすぎて、いまやバカの暇潰し道具だ!」と来たもんだ。わー過激だなー。著者は大手広告代理店を辞めてフリーライターに転職、そんでアメーバニュースの編集責任者になった人だ。おまけにボクと同い年。
●ネットにどっぷり浸かってる人々に対していきなり「気持ち悪い」と乱暴なパンチを振るう。しばしばネットで目立ってしまう、匿名に甘えた行儀のワルい人たちに対して深く絶望しているコトを、確かにこりゃしんどいわーというエピソードを交えて紹介し、「バカの発言力がネット上では実に強いのである」と喝破。代理店経験に由来しているのか、ネットで何かを仕掛けるだけでナニかが変わると信じている無知な企業人のオッサンにも言及し、わかってねえのに過度な期待をするなと厳しく警告。「結局、最強のメディアはテレビ」だとも言っちゃう。「ネットはテレビのコバンザメ」だって。そして結論は「だれもネットをわかってない」………。

●ここまで言われて、そのネットじゃどんな反応なんだろ?と思えば、「ご指摘真っ当」から「ヒマ人ですいません」的な自虐リアクション、「ナニを今更…」的な意見、「刺激的なタイトルで金儲けかよ!」な反応、「評論家たちが煽るネット楽天主義へのアンチテーゼ」として冷静に受け止める姿勢、「共感できる部分も多い」と好意的な人も。つまり賛否両論。
●ボク自身は「ネットをよくわかってない」人間なので、少々ピンとこない点もある。「荒らし」とか「炎上」とか「祭り」とかに関わった事がないし…、そういうことするのがネット利用者のマジョリティとは思ってない。「カルボナーラがおいしかった!」的なブログをハズかしげもなく披露するのもバカ&ヒマ人とされてしまうのだが、そうなるとボクもバカ&ヒマ人の当事者の一人だし…でも周りに迷惑かけてないしな…と思ったり。(←あれ、誰かに迷惑かけてるのかな?無意識に?)

「最強のメディアはテレビ」ってのも……そうかな?
●消費者目線の使い勝手で言うとテレビとネットじゃ、ネットの方が軍配が上がる。テレビがなくても困らないが、ネットがなきゃ困る。生協に食料品の注文すらできないじゃないか!一方テレビはもうクチャクチャだよ…テレビの方が絶対バカ&ヒマ人でイッパイ。見ないでイイ番組がホント多いし。ネットはわかりやすく炎上するけど、テレビは炎上に匹敵するリアクションがあってもそれはスタッフしかチェックしないから目立たないだけだよ。著者はニュースサイトの管理人なんだから、プロとしてクレーマーと対峙するのは宿命。写真週刊誌は裁判起こされたりしてもツッパる所はツッパるのだし、テレビだって膨大なご意見メールをかなり意識して制作にあたってるはずだわね。……ただ、メディアに対して意見するという心性が一般人に広く芽生えたのはネットの普及とシンクロした事象というコトは言えるかも。ナンチャッテ内部告発者のガセ情報を掴まされて社長が失脚というテレビ局もあった。あの詐欺師はバカ&ヒマ人か?いいや、悪人だよ。
ボクから見ると今んトコロネットは敗北なんてしてない。……強いて言えば、「ドリフ見るとバカになります」「マンガ読み過ぎるとバカになります」「ファミコンし過ぎるとバカになります」「携帯を持つとバカになります」といった、いつの世にもありがちな新メディアへのアリガチな拒絶反応と一緒のように思えて、今の時代は「2ch見過ぎるとバカになります」「ミクシイし過ぎるとバカになります」ってこの著者は言っているというコト。実際バカになる人もいれば、そうでない人もいるだろう。ネットはそれが目立ってしまうって点が新しいので、見苦しい場面に出くわすコトもあるだろうが、テレビのチャンネルを変えるようにその場を立ち去ればイイだけ。ボクは個人的には 2ch とかには極力触らない事にしてるんだ…。

●世界金融危機から始まる、「核の冬」級の広告費削減時代において、どのメディアに限られた予算を注入すべきか。それはイロイロな考え方があるだろうな。「旧メディア vs. ネット」という図式にハマるとこの議論はとっても陳腐になると思う。本来は全メディア総力戦で宣伝は展開すべきで、どっちが有効かという話ではなく、双方をどう有効に機能させるかを考えるべき。ただし各メディアのシナジーの方法に正解/王道/テッパン技がイマイチ発明しきれてない気はする。コレはバカやヒマ人の仕事ではなく、著者の出身である広告代理店の仕事だし、たとえクライアントがバカでもそれを納得させるのが広告プロ仕事の一部でしょ。


●わ、よく知りもしないで、ネットの肩を持つポジションに立っちゃった。ボクは完全にネット現場の部外者なのに。ちょっと突っかかってみたのは、著者が同世代だからってのも一因あるかも。「たとえ仕事に痛んでても。そんなにスネルなよ」的な感情がある。しかしコレもバカ&ヒマ人の戯言。不快と思えば聞き流して下さい。

●ついでに。「リア充」ってコトバ。「リアル世界で充実している人」の意。ボクはホントにネットの隠語とかに疎いので、このコトバを初めてこの本で知りました。反対に「ネト充」な人もいるのかな?「ネット世界で充実している人」。ボクはネット世界では全然充実してないんですけど(誰も読まないブログをつづってるだけだし)、ネット世界で充実するってどんなことなんだろう?リアルでだって充実してると思えないのに、ネットの充実なんて想像がつかないよ。


ヒヨコ&ノマド、美容院に行く。
●シモキタザワの商店街がキレる辺り、近所の美容院はこども料金が激安設定。ウチのコドモはソコで髪の毛を切っている。ノマドはよいとして、オシャレに興味津々のヒヨコはオシャレの専門家である美容師のお姉さんとトークをするのが大好きだ。自分の髪を切る時だけじゃなく、ノマドの散髪の時も傍らに座ってはお姉さんにひたすらトークし続けた。オシャレのこと、ガッコウのこと、バレエきょうしつのこと……ノンストップトークである。
●しかも、ヒヨコ、美容院の大きな鏡を向かい合わせるコトで、偶然に「合わせ鏡」を発見。「カガミのナカにピヨがいっぱい!」(←ピヨってのは、ヤツの自称ね)そんで感動のあまり、今練習しているバレエの発表会の振り付けをその場で披露してしまった。美容室でバレエを踊ってしまう小学一年生…。実にハタ迷惑のような気もするが、お客さんが他にいなかったのでご勘弁。ヒヨコに感想を聞くと「カガミのナカのヒヨコはクジャクみたいだった!」




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村上春樹「1Q84」読破。
スポコーン!おおっ!終わった!こんな終わり方なのか…?……なんかヤラレタ。まさしく「スポコーン!」という感じで終わった。作家の思惑に見事ハマってしまったかのような、ヤラレタ感が残った。
●男女2人の主人公の物語が、同時並行で進むこの小説。平行線のように全く無縁で交わる事がないように見えてたこの二つの物語が、奇妙奇天烈な舞台装置の仕掛けによって次第に接近し、クライマックスに向けてスゴいスピードで衝突するかと思わせながら、スポコーン!といきなり終幕を迎えてしまう。そんで、ふと気付くとその小説を読んでたボク自身が、実はこの奇妙奇天烈な舞台空間に置き去りにされてしまってるのでは?と疑ってしまう読後感。まんまと村上春樹の仕掛けに引っかかったような気分だ。
●…今日のボクは最高に体調が悪く、朝から死ぬほどウンザリな気分だった。安定剤を口に放り込んでも回復する気配がないので、午後イチで会社の仕事をスッポカしてしまった。そんで、麻布十番商店街入口のウェンディーズでコーヒーを飲みながら、この小説に向き合っていたのだ。突然オハナシは終わってしまい、宙ぶらりんのようなカッコで現実世界に放り出されたボクは、ボクの周りの世界が「1Q84年」にすり替わってないだろうか、はたまた「200Q年」になってないだろうか、不安になってしまった。

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ボクが村上春樹の世界を好きでいる理由。
村上春樹が描く物語は、往々にしてホントに入り組んだ不思議世界にスコンと繋がっている。オマケに大幅に説明が足らない。読者によっては「思わせぶりにポーズするクセに意味がてんでワカラナイ」と怒ってしまうポイントだろう。しかし、小説の主人公たちは、意図せずにその不思議世界に紛れ込んでしまっても、基本的にナニが起ころうと見苦しく動じたりしない。「弱ったなあ」程度の感想は思っても、そのまま自分の運命をスルルと受け止めてしまう。コトの成り行きにとても従順で、トンチンカンな事態に対して耐久力がある。フツウなら頭がおかしくなる事態に出くわしても実に冷静だ。柳の枝のように柔軟とも言える。
●常識に対していつも慎重に振る舞っているので、非常識に対しても慎重に応用力を発揮する。彼らは誠実な人間なので、世界が突きつける非常識にも実に誠実に対応する。世間のルールにカンケイなく自分の原則に忠実だから、理不尽を前にしても原則をブラさない。ユルくてヌルいように見えて、実は強い。ボクはそんな彼らが好きだ。クールだとさえ思う。そういう人間にボクもなりたい。

ボクにとって「1Q84」は、長編としてはかなり久しぶりの村上作品だった。
村上春樹をよく読んでたのは高校時代〜大学時代で、今から20年近く前のコト。ちょうど「ノルウェイの森」「ダンスダンスダンス」が発表された頃。「ダンスダンスダンス」で完結する「羊男」四部作を遡って読んだり、「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を読んだ。彼の作品経由でフィッツジェラルドサリンジャーの世界に入っていった。彼の作品に登場するという理由で THE BEATLES やジャズの古典を聴いたりした。彼の描く登場人物がおいしいパスタを器用に料理するという理由で、スパゲティを作るようになった。ほうれん草とベーコンを軽く炒め込むパスタは、料理がまるで出来ないボクにとって唯一作るコトの出来るメニューだ。てっとり早く言って、結構入れ込んでたクチですわ。
●しかし、就職して読書の時間がなくなったため、「ねじまき鳥クロニクル」あたりから長編は読まなくなってしまった。「海辺のカフカ」も読んでない。……ただ、このヘンの時代で村上春樹には作風の変化があったようだ。キッカケは1995年のオウム真理教事件。村上春樹はこの事件にまつわる多くの人物へ取材をして、初めて実際の社会問題に取り組んだ。こうして発表された「アンダーグラウンド」は、それまでのハルキイメージを大きく裏切るモノだったし、とんでもなく分厚かったので、とてもじゃないが読めないと思った。春樹作品と距離を置いたのはコレがキッカケだったかな…。
「1Q84」の舞台装置には、様々なカルト宗教やそんな連中が引き起こすテロ、そしてドメスティックバイオレンスの問題など、ボクが思春期に触れていた春樹作品には登場しないタイプの、タフでゴツい物件が数々登場する。舞台は1984年でも、問題意識は1995年以降の日本社会。バブル崩壊とオウム&阪神大震災というピンチを通過した1990年代以降のこの人の問題意識が、少なからず「1Q84」には影響していると思った。そんで速攻で「アンダーグラウンド」を読みたくなった。……でも、あくまでタフな物件たちは舞台装置で、主人公たちのドラマチックなすれ違いと再会は十分にウットリできるロマンチックなモノだったです。
●コレってネタバレになってないよね?とにかく皆さん、ホン屋さんに入荷されたらすぐ読んで下さいね。ボクは楽しみました。

アンダーグラウンド (講談社文庫)アンダーグラウンド (講談社文庫)
(1999/02)
村上 春樹

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ボクは、最近スカーフを肩にまいて生活している。
自律神経失調症のおかげで、体温調節機能がイカレてしまった。だから、この蒸し暑いはずの季節に、フツウの薄着ができなくなった。ワケのワカランタイミングで悪寒が起こったりするし、オフィスの冷房や地下鉄/バスのクーラーが死ぬほどツライ。しかし上着を常に持ち歩くのはかさばるし、どないしようと困っていた。そんな時、ナイスなアイテムを発見した。スカーフだ。
●冷え性で悩む女性がオフィスでスカーフを巻いているのが羨ましいと思ってた所、野郎のボクでも違和感なく巻けるデザインのスカーフをシモキタザワのお店で発見出来たのだ。店員さんは「Tシャツの季節にワンアクセントつけるには絶好のアイテムです。巻き方も自由自在にアレンジ出来ますし」と有効なオシャレ武器として猛烈におススメしてくれた。しかしボクにとってはもはやこのスカーフは、冷房から身を守る装甲の役割を果たしている。特に筋肉がこわばって痛む左肩〜左肩甲骨〜左腕を庇うように巻く。最近はこのスカーフを常にバッグの中にいれてる。絶対に手放せない。


P1001357.jpg(星野哲郎はイケテナイでしょ。トホホ。)

●コレを巻いていると職場の若い女子には「オシャレですね」と実に評判がイイ。しかしワイフに言わせれば「銀河鉄道999」の星野哲郎だそうだ。しかしボクが自分で強くイメージしているのは「機動戦士ガンダム00/セカンドシーズン」の第一話に登場した、ブロークン・エクシアだ。ファーストシーズンの最後の死闘で左腕を失ったポンコツガンダムが、左肩にボロ布をひっかけて登場したのがとてもクールで、左肩に不調を抱えるボクにはピッタリだと思った。

ブロークンエクシア

●しかし、梅雨に入ってジメジメ度が上がったら、このスカーフが匂うようになってしまった。ワイフが「ファブリースよ!ファブリース!」たしかに女子に評判がよくてもオッサン臭がしては台無しだ。そこで、リサーチした結果、同じブランドの同じデザインのスカーフが広尾のお店にあるコトを突き止めた。麻布十番で読書したボクは、ソコから都バスに乗って広尾に移動。色チガイの同デザインと、素材/サイズが同じでタイダイな染色をしたバージョンをしたスカーフを二枚追加でゲットした。

P1001358.jpg(メンズでシックリくるヤツって少ないと思う。)

実はこのスカーフには、ユニークな偶然が。
●週末に通ってるヨガ教室。今週も無事にレッスンが済んだ後、このスカーフを巻いて帰ろうとした瞬間、この教室で顔見知りになった「ミムラ姉さん」がビックリして「このスカーフどうしたの?」と聞くのだ。いや、この前シモキタザワで買って、最近はいっつも持ち歩いているんですよ。ミムラ姉さん「このスカーフ、ワタシの会社の商品なの」えー!確かにミムラ姉さんの職業はアパレルのデザイナーさんと聞いていた。「そんで、ワタシがデザインに関わったアイテムなの」えー!そうなんすか!スゲエ偶然!「ビックリ!ワタシも知ってる人がワタシの関わったアイテムを着てるの偶然見るのは、この仕事初めてまだ二回だけ!」
●アパレルのデザイナー兼パターンナーとして商品を考案し、インドネシアの工場で製品を作らせているというハナシを聞いてた…。確かにこのスカーフも「MADE IN INDONESIA」と書いてあったわ。でもまさかこんなソバにデザインの当事者がいるなんて!ちょっと盛り上がる偶然じゃない?
●……実はこのアイテムには色違いが8色あるとか、広尾に直営店があるとかなどなどの情報は、このミムラ姉さんから教えてもらったのだ。このスカーフがレディースではなくメンズとしてのゴツさを持つのは、黒い荒縄のプリントのせいだが、実はインドネシア現地の人が着てたTシャツの柄から発想を拡げて描いたモノだとか。…コレをキッカケに、また行きつけのカフェで3時間くらいこのミムラ姉さんと語り込んでしまった。この日は「デザイナーにはなるには?」というテーマで深く語り込む。その詳しい内容についてはまた後日。



ヒヨコがガッコウで作ってきたウサギ。

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●ボンボンを毛糸で作って、ボンドで耳と目をつけた。アシタはコレよりちいちゃいウサギを作ってイモウトにするそうだ。放課後のガッコウを解放して子供たちの遊び場にする仕組み「ボップ(B.O.P)」では、こんなことも教えてくれる。アニキのノマドはこんなモン作って来なかったから知らなかったが、実は結構内容が充実してんだな。オモシロい。


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村上春樹「1Q84」BOOK1を読破。明日からBOOK2へ。
●うーん!最高にオモシロい!でも、まだ内容には触れないよ。ネタバラしになったら、まだホンを入手出来ない人に申し訳ないから。ホントにバカ売れ状態で増刷ペースが全然需要に追いつかず、現在はアマゾンでも入荷待ち状態になってるほどの勢いだ。発売一ヶ月で100万越え確定だからな…でも印刷が追いついてないので全部の商品が市場に投下された訳じゃない…まあ、そんくらいスゴい。村上春樹作品の中でもダントツの初速度最高売上げだし、この世の文芸書でも異例の記録になるらしい。
●今回は、内容を全く秘密にした状態で発売するという戦略をとったと出版社は言う……実は「海辺のカフカ」が売れている頃、ネットを通して読者から「次回作はマッサラな気持ちで作品に向き合いたいから、ストーリーを推測出来る事前情報を全て出さないで欲しい」というリクエストが集まってたらしい。そんな情報の乾きがバカ売れの一因になっているのか?しかし、読者が出版社に宣伝戦略やプロモーションの仕方を提案するなんて、スゴい時代だよな。ソレに乗っかった新潮社も粋だ。グッジョブ。


ボクは、職場の若いヤツに村上春樹について質問する。
●ビョウキという事情から、中途半端に仕事が減らされてるボクは、ポコッと出来たヒマな時間を職場の若手とムダ話をして過ごしている。しかし、ヒマなのはボクだけだ。若手はヒマじゃないだろうが、ビョウキ明けのオッサンであるボクをムゲにも出来ず、しょーもないトークに付き合わないといけない。かわいそうに。でもそんなモンだ、人生ってのは。
ギーやんに聞く。キミは村上春樹、読んだコトあるの?「えーと、ノルウェイの森だけですねえ」アレは映画になるもんなあ。マツビーは?「オレは、カフカと、ねじまき鳥と、ダンスダンスダンス、ハードボイルドワンダーランドも読みました」へー意外に読書家なんだ?「ええ、好きですね。村上春樹は」ハセッチョはどうよ?「オレは活字が苦手です」……村上春樹は短編集も多いぜ。そっから読んだら?「あー、それは挿絵とかは入ってるんですか?」……挿絵…?挿絵は…そんなにないな……和田誠さんのイラストでジャズの巨匠を語るエッセイはあったな!でも、オマエ、チェット・ベイカーの話とかで楽しめるの?「イヤ、楽しめません」…ま、とにかくなんか読んだら?「オレは活字が苦手です」

●……このハセッチョという男は、コロンビアのゲットーで2年ほどバックパッカー生活してたという変人で、確かにそれなりのカッコをしたら先住民族に見えてくるような、妙な貫禄がある。そんでその南米暮らしに由来するのかしないのか、周囲の空気を読まない(読めない)。「ま、一冊でいいから読んでみなよ」「オレは活字が苦手です」ヒマを持て余して絡んでくる先輩と、空気を読まない後輩。客観的にいってかなりアホな押し問答である。「だから、読めよ!」「オレは活字が苦手なんです!」「読みますって言っとけば、この場はスルーできるだろ!ウソでもイイから読みますって言えよ!」「ソレは言えません!」大分バカな会話である。「じゃあ、わかった。この「1Q84」。ボクが読み終わったら貸してやる。そんで読破したら1000円やる!」「それなら1000円1000円って念じながら読みます」「でも上下巻両方読めよ!」「エーッ!ソレはムリッす!だってこんなに分厚いんですよ!」「オマエ30歳も近くなって、長編小説読めないってそりゃネエだろ!自分の限界を拡げろよ!そのための1000円!」「オレは、毎日夜寝る前に、バック・トゥー・ザ・フューチャーの2と3のエンディングを見ます。ソレよりオモシロいですか?」「(比較の基準が見つからなくて一瞬絶句するボク)……それはよくワカラン…」「それじゃ読めないッスね!(勝ち誇るハセッチョ)」
●………まあ、ボクがビョウキを克服してなんとか復帰出来た職場ってのは、このテの愉快な連中が住んでいるバショである。こういうバショは、正常であろうがなかろうが、誰もそんなに気にしない空気がある。誰もがある程度変人慣れしているし、ボクとハセッチョが果てしなく不毛な言い合いをしていても、笑いながら聞き流して自分の仕事を進めるコトができるスタッフが多い。この空気がダメな人は速攻で辞めるが、馴染むヤツは際限なく馴染む。ボクもハセッチョもこういうバショでなくては生きて行けない人間であり、結果完全に同じレベルでアホである。



●今日の音楽。ちょっとゲイハウスっぽく。

NIGHTLIFENIGHTLIFE
(1999/09/14)
Pet Shop Boys

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PET SHOP BOYS「NIGHTLIFE」1999年
●夜の飲食/お付き合いを完全禁止されているボクにとっては、現在ナイトライフというモノから完全に切り離されてしまっている。元から酒を飲まないボクは、居酒屋やバーで飲んだくれるようなコトはしないが、それなりのバショでメシを食ったり、夜中までライブやクラブでフラフラ遊んでたい気持ちはタップリある。もう一生ソレが無理と言われれば、チトきついな。
●さて、ジャケの二人はドコに行くのか?ゲイのカップルが地下鉄に乗って行く場所って?今日の二人はそんなに楽しいバショに行く感じがしない。80年代から活動する PET SHOP BOYS は、ゲイカルチャーにしっかり根差した甘い声とセンチメンタルなメロディが売りで、いつも通りにこのアルバムでもチャーミングだが、歌詞をジックリ読むと実に悲観的で冷たく醒めたメッセージに埋め尽くされているコトがわかる。恋人へどうにもならない孤独を訴える歌、嫉妬や疑念の思いを訴える歌、息が詰まるような閉塞感でイッパイだ。普遍的なラブソングと捉えてもイイけど、ゲイの恋愛は一層事情が複雑なんだろうとも感じ入る。トドメは KYLIE MINOGUE とのデュエット「IN DENIAL」。この曲の内容は、ゲイの父親と娘の再会と罵り合い。あまりに特殊なシチュエーション過ぎて感情移入するトッカカリがまるでない。
●サウンドプロダクションに、英米のトップハウスクリエーターが参加。切ない歌であってもダンス機能は十分だ。ニューヨークのハウスシーンからは DAVID MORALES。今なお最前線に立ち続けるハウスDJの重鎮。UKハウスからは、プログレッシブハウスのユニット FAITHLESS からトラックメイカー ROLLO が参加。実にダークです。CRAIG ARMSTRONG というプロデューサーは初耳だが、彼が手掛けるオーケストラアレンジが今回の作品にドラマチックな色を添えてる。12曲中、9曲にオーケストラの音を採用しているのだから、連中としては本気だ。もちろん軸足はダンスミュージックだけどね。
●どこか冷たい印象の楽曲たちの中での、唯一の例外が「NEW YORK CITY BOY」という曲だ。イギリス人の彼らにとってもニューヨークは特別な街なのだろうか。DAVID MOLARES と共作した四ツ打ちビートは完全なディスコハウスで、キレのイイタイミングで差し込まれるストリングスアレンジは、VILLAGE PEOPLE さえを連想するほどのコテコテ路線。この瞬間だけは何の影もなく、輝くミラーボールを仰いでフロア全体が多幸感でキラキラするような気分になれる。

NEW YORK CITY BOY. YOU'LL NEVER HAVE A BORED DAY 'CAUSE YOU'RE A NEW YORK CITY BOY. WHERE SEVENTH AVENUE MEETS BROADWAY. YOU FEEL THE DEAL IS REAL. YOU'RE A NEW YORK CITY BOY. SO YOUNG, SO RUN INTO NEW YORK CITY.
ニューヨークシティボーイ!一日だって退屈な日はない!だってキミはニューヨークシティボーイ!ココは7番街とブロードウェイが出くわすバショさ!ウマい話が本物に思える!キミはニューヨークシティボーイ!キミは若い!だから飛び込め!ニューヨークシティに!



Sunday 8pmSunday 8pm
(1999/11/23)
Faithless

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FAITHLESS「SUNDAY 8PM」1998年
●タイトルが「日曜日の午後8時」……。日曜の夜にトモダチとつるんで、オールナイトでクラブでハシャイで、ファミレスで軽くメシを食いながら迎える月曜日の朝ってのは、なんであんなにクソみたいに眩しくてウンザリするのだろう。暗い照明と夜の闇に慣らされた目ん玉に対して、あの太陽光線は凶暴すぎる。手足はダルいし、大音響の中で会話するからノドも痛い。家まで帰って着替えて出勤だなんて死ぬほど億劫だ。そんな見たくない事実までご丁寧に照らし上げる太陽が憎いとさえ思う。……そんな風に遊んでた時代も、結構懐かしいモンになっちゃったけど。
●プログレッシブハウスの代表格とされるこのユニット FAITHLESS が、なんで日曜日の8時からライブをするのか理由はワカラン。本来は金曜日か土曜日にしてもらいたい。翌日の事を考えるとホントブルーになる。元からブルーでダークで攻撃的な音楽なんだから。ハウスとしての高揚感すら排除したダークワールドは、吸血鬼のように日光を避けて生きてる人間にふさわしい。トリップホップといってもいいほどにテンポダウンしたビートに、ボーカリスト MAXI JAZZ のウンザリするほど暗いポエトリーリーディングが乗っかると、ホントにドンヨリするわ。走る高速ビートの楽曲も、どうしてもぬぐい去れない闇を引きずってる。これがプログレッシブ(進歩的)なハウスの形態なのか?と初めて聴いた時はいぶかしく思ったモンだが、ダブステップのような、より暗黒度が高いダンスミュージックがマジョリティになってる現行シーンと比較すると、この10年以上前の音源は時代の先読みに成功してたと納得できる。
●扇情的で攻撃的なハウスチューン「GOD IS A DJ」は、次の言葉で幕開ける。「THIS IS MY CHURCH, THIS IS WHERE I HEAL MY HURTS(コレがオレの教会…ココでオレは傷を癒す…)」。ダンスフロアで無心になるまでに踊る時、自分やフロアの人間全体が、リズムとビートの奴隷になったような気がする。踊るのをヤメる事を、リズムとビートが許してくれない。その時、DJとターンテーブルはダンスフロアをファシストのように支配しているように思える。高性能なDJに煽られて夢中で踊りながらそんなコトをボクは考えていた。その意味で「DJはカミサマ」のように君臨していた。…そんで日常生活。加速する社会のスピードにしがみつくのが精一杯のこの人生。生きるのをヤメさせてくれないカミサマは、ダンスフロアのDJと一緒だ。DJブースが照明を背負って輝いて見えるように、太陽光線を背負ってこの全世界を見下ろしている「カミサマは確かにDJ」だと思う。



I・U・YO・NE~(DVD付)I・U・YO・NE~(DVD付)
(2008/12/10)
はるな愛

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はるな愛「I・U・YO・NE〜」2008年
●ニューヨークのゲイクラブでは、PET SHOP BOYS とかがラウドにかかってるのかも知れないけど、新宿二丁目のゲイイベントにはやっぱりこういうのがラウドにかかってるのかな?ダンスフロアでこの曲が激しく機能する瞬間が見てみたい。多分、最高に楽しいと思う。マジで。「ノミヤマ」/「グビヤマ」って言葉はドコでどんな風に使えばイイのか、いつかダレカにキチンと教えてもらいたい。はるな愛の折り目正しいアイドル魂はキライじゃないし、この曲のトラックが折り目正しくジュリアナハードテクノである事も、首尾一貫してて好感が持てる。そんで正直に言うと、プロモDVDの彼女は、ワリとカワイく見える(ソバにいるとコワいかもだけど)。実は彼女とボクは年齢で一個しか違わない同世代なんだよね……だから素朴に応援します。